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季刊誌「ムラマツ」に掲載されたエッセイをご紹介いたします。
トップページエッセイ「フルートで料理」 > 8.匙加減
エッセイ「フルートで料理」 ESSAY
文:齋藤賀雄(元読売日本交響楽団フルート奏者 東京音楽大学教授)
画:おおのまもる(元読売日本交響楽団オーボエ奏者)
8 「匙加減」
 どうせ食べるのなら、旨いものを楽しく食べたい。すいた腹を満たすためだけに食物を詰め込んでいるような光景は、できるだけ見たくない。人間の欲のうちの一つを捨てるということは、人間の大切な楽しみの一つを捨ててしまうのと同じことになってしまう。

 では、その旨い料理がどうやって生まれるかという話になると、これは意見が色々と別れるところになるのだが、世の中には、万人の舌を満足させてしまうような、凄い料理もある。そこには、一人一人の味覚の好みを完全に超越した、味の芸術が存在するのだ。

 料理の本を眺めたり、テレビで料理の番組を見ていても、大匙何杯、小匙何杯というような表現で、その料理人の匙加減を事細かに教えてくれるのだが、超越した味の芸術は、そんな簡単なことだけではとても真似ができない。でも、それが基本なのであろう。

 味の基本は、確かに匙加減で示すことができる。けれども、食材の問題をはじめとし、包丁の研ぎ具合から食材の切り方や火の加減など、数え上げたら限りがないほど多種多様にわたる様々な要素が、総て巧く組み合わさって初めて、味の芸術となるのである。

 数値で示した匙加減を、ただマニュアル的に実行して味の芸術が生まれるのであれば、世の中は料理の名人達でひしめき合っている筈である。本当に旨いと思える料理には、なかなかお目にかかることができないが、そこには必ず、何かを納得させる閃きがある。


 ところで、どうせ聴くなら、いい演奏を聴きたい。といって、次から次へと演奏会場に通えばいいというものではない。人間は、脳が喜怒哀楽を感じるからこそ人間らしく生きているのだという。いい演奏を聴くことは、脳を刺激することになるから欠かせない。

 では、そのいい演奏がどうやって生まれるかという話になると、これは意見が色々と別れるところになるのだが、世の中には、万人の耳を満足させてしまうような、凄い演奏もある。そこには、一人一人の感性の好みを完全に超越した、音の芸術が存在するのだ。

音楽の理論書を繙いたり、実際にレッスンを受けていても、事細かに様々な匙加減を教えてくれたり注意してくれたりはするのだが、結局、演奏する者にとって、毎日の日課練習が大切だという基本的なことは理解できても、超越した音の芸術は、真似ができない。

 音の基本も、確かに匙加減で示すことができる。けれども、その音の場面の設定をはじめとし、音の大きさから性格や息の種類など、数え上げたら限りがないほど多種多様にわたる様々な要素が、総て巧く組み合わさって初めて、音の芸術となるのである。

 記号で示した匙加減を、ただマニュアル的に実行して音の芸術が生まれるのであれば、世の中は演奏の名人達でひしめき合っている筈である。本当にいいと思える演奏には、なかなかお目にかかることができないが、そこには必ず、何かを納得させる閃きがある。
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