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季刊誌「ムラマツ」に掲載されたエッセイをご紹介いたします。
トップページエッセイ「フルートで料理」 > 14.対話
エッセイ「フルートで料理」 ESSAY
文:齋藤賀雄(元読売日本交響楽団フルート奏者 東京音楽大学教授)
画:おおのまもる(元読売日本交響楽団オーボエ奏者)
14 「対話」
 店の入口を入った途端に、威勢のいい声が客を迎えてくれる。そんな店は嬉しいが、それが義務感で発せられている場合もあるから、威勢が良すぎてカラ元気に聞こえてしまうのか、それとも、本当に心が籠っていないのかをよく見極めなければならない。

 煽てに乗り易い人はともかく、普通の人にとって、その声の本質を聞き分けることは、それほど大変なことではないと思う。大根役者を例に挙げるまでもなく、人間の声には不思議な力があって、感情と息の流れがちぐはぐになると、それは直に分かってしまう。

 腕のいい料理人は、大抵、客との対話を始めるきっかけを作るのがうまい。押しつけでもなく無理強いでもなく、自然に話が始まるのだが、そのためには、客の方にもその店で料理を味わうのだという自覚が必要なような気がする。一方的では、対話とは言えない。

 出された料理を眺めているだけで、その料理は言葉少ない料理人に代わって、様々なことを語りかけてくるが、それを口に運ぶと、さらに色々なことを喋り出す。それに対して一つ一つ答えてやるのが客の役目かも知れない。これが、味わうということだと思う。

 料理人はその料理を通して客に話しかけてくるのだし、客はその料理を味わうことによって料理人との対話を楽しんでいる。料理を作る人たちは、その作業や作品を通して、人との対話を楽しもうとしているのだ。料理は、全て、この対話が基本になっている。


 ところで、店の入口を入った途端に、景気のいい音楽が流れてきて何となくウキウキすることがある。そんな店は気楽でいいが、そのうちに耳障りになってしまうことがある。BGMもいいが、考えなしに鳴らして、音の暴力になってしまっては何にもならない。

 ちょうどそんな音楽が好きな人にとってはともかく、普通の人にとって、その音楽がその雰囲気に適切であるかどうかという判断も、難しい。音楽には不思議な力があって、その場の雰囲気と個人の感性などとの組み合わせを、ちぐはぐにしてしまうことがある。

 腕のいい演奏家は、大抵、聴衆との対話を始めるきっかけを作るのがうまい。押しつけでも無理強いでもなく、自然に話が始まるのだが、そのためには、聴衆の方にもその音楽を聴くのだという自覚が必要なような気がする。一方的では、対話とは言えない。

 演奏される音を聴いているだけで、その音は演奏家に代わって、様々なことを語りかけてくるが、さらに耳を傾けてそれを音楽として聴いていると、もっと色々なことを喋り出す。それに応えていくのが聴衆の役目だろうが、これが、鑑賞ということだと思う。

 音楽家はその演奏を通して聴衆に語りかけてくるのだし、聴衆はその演奏を鑑賞することで演奏家との対話を楽しんでいる。音を創造する人たちは、その演奏や作品を通して、人との対話を楽しもうとしているのだ。芸術は、全て、この対話が基本になっている。
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