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季刊誌「ムラマツ」に掲載されたエッセイをご紹介いたします。
トップページエッセイ「フルートで料理」 > 22.水
エッセイ「フルートで料理」 ESSAY
文:齋藤賀雄(元読売日本交響楽団フルート奏者 東京音楽大学教授)
画:おおのまもる(元読売日本交響楽団オーボエ奏者)
22 「水」
 いつの頃からだろうか、水がペットボトルに詰めて売られるようになって、街中は文字通り水だらけとなった。持ち歩きに便利な小型のペットボトルはまるで若者たちのファッションのように、電車の中だろうが学校だろうが、どこにでも出現するようになった。

 人間は勝手なもので、雨が降らなくて水不足になると、やっと水の有難さを思い出し、集中豪雨などでやたら雨が降り続くと、雨を恨み、水の恐ろしさを改めて知る。水はとても貴重で、そして、扱いにくい物なのに、普段はそれになかなか気がつかない。

 家の近くを流れる用水で野菜を洗ったり、トマトや西瓜を冷やすという想い出のある人たちは、水とのつき合い方も上手なような気がする。水道に慣れてしまった上に、更に、まるで水道のような感覚でペットボトルに入った水とつき合っている現代が恐ろしい。

 料理でも水は常に問題となる。水洗い、水加滅、水切り、水出し、差し水など、数え挙げれば切りがない。こだわる場合には、どこそこの湧水とか清水を使うことになるが、蕎麦やお茶やコーヒーなどは、水道水を使うよりも明らかに天然水の方が旨い気がする。

 だだ、天然水も気をつけなければならない。硬水と軟水とがあるからだ。飲み水としての水ではなくて、料理をする上での水というものを考えてみると、これは、結構奥が深くて気が抜けない。だからその昔から、いい水のあるところには食文化が栄えたのだろう。


 ところで、いつの頃からだろうか、音楽がディスクに詰めて持ち歩けるようになって,町中は文字通り音だらけとなった。持ち歩きに便利な再生機器はまるで若者たちのファッションのように、電車の中だろうが学校だろうが、どこにでも出現するようになった。

 人間は勝手なもので、余りに静か過ぎると、やっと音楽の有難さを思い出し、周り近所がやたら音楽の洪水になると、その音を恨み、音の暴力の恐ろしさを改めて知る。音楽はとても貴重で、そして扱いにくい物なのに、普段はそれになかなか気がつかない。

 家の近くの野原で虫の声を聞いたり、林を駆け抜ける風に木立のざわめきを教わったという想い出のある人たちは、音楽とのつき合い方も上手なような気がする。街中の騒音に慣れてしまった上に、更に、コンパクトな再生機器とつき合っている現代が恐ろしい。

 音楽では音が常に間題となる。楽しげな音、悲しげな音、元気な音、気怠い音など、数え挙げれば切りがない。こだわる場合には、欲しい音を何とか捻り出そうとするのだが、特にフルートの場合には、その吹き手の人間性がそのまま出てしまうので、要注意だ。

 人間性だけを頼りにしていると、勝手気儘にフルートという楽器の音を出しているだけになってしまう。フルートは、人間の息が直接音になってしまうから、結構奥が深くて気が抜けない。だからその昔から、いい人間のいるところには音楽文化が栄えたのだろう。
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