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季刊誌「ムラマツ」に掲載されたエッセイをご紹介いたします。
トップページエッセイ「フルートで料理」 > 27.野菜
エッセイ「フルートで料理」 ESSAY
文:齋藤賀雄(元読売日本交響楽団フルート奏者 東京音楽大学教授)
画:おおのまもる(元読売日本交響楽団オーボエ奏者)
27 「野菜」
 夏野菜が冬に、冬野菜が夏に店先に並ぶことが当たり前になってきてしまった。しかもその季節はずれのものが、何となく偉そうで、値段も高い。夏に冬の野菜が食ベられるのは、ある意味では魅力かも知れないが、これをどう考えればいいのだろう。

 東京を離れたときに、その土地の農協の直売所などを覗いてみると、昔ながらの曲がったきゅうりや茄子、ひび割れたトマトなどが並べられていて、袋には生産者番号が付けられている。スーパーなどで買い求めるそれらの野菜と違って、昔ながらの味が懐かしい。

 曲がったきゅうりが、なぜ商品価値がないのかどうしても理解できないが、型を揃えるということがどうやら重要なことらしい。全員が同じようにという、今の義務教育の妙な基本的教育方針をつい思い浮かべてしまうのだが、きゅうりやトマトにも個性が欲しい。

 きゅうりのあの独特な青臭さや、トマトのあの太陽の香りは一体どこへ行ってしまったのだろう。型を揃えられ、本来の個性的な味まで変えられてしまった野菜達の将来を考えると、そのものの味よりも、格好や見てくれだけが尊重されていくような気がする。

 子供の頃に畑の中を走り回って日が暮れるまで遊んだ者にとっては、のどの渇きを潤すために畑で失敬したトマトの味が忘れられないのだが、それを知らない人達の世代になったときには、冬のスーパーの店先に、トマトが何となく偉そうに並ぶのかも知れない。


 ところで、どんな楽譜を見ても、同じ種類の息しか使わないフルート吹きが増えてきてしまった。しかも、その場違いの息が、何となく偉そうで、困る。リズムを犠牲にして歌い上げるのは、ある意味では魅カかも知れないが、これをどう考えればいいのだろう。

 東京を離れたときに、その土地のフルート愛好家達の演奏を聴くと、昔ながらの感じたまま、思ったままの純粋な演奏を耳にすることができて、それぞれが個人を主張している。都会で耳にすることが多い妙に洗練された演奏とは違って、昔ながらの素朴さが懐かしい。

 そういう純粋で素朴な演奏がなぜ音楽的に価値がないのかどうしても理解ができないが、どうやら平板で綺麗な演奏が好まれるらしい。全員が同じようにという、今の義務教育の妙な基本的教育方針をつい思い浮かベてしまうのだが、もっと一人一人の個性が欲しい。

 忍び寄るリズムが炸裂する瞬間を迎えたり、心の底に秘めていた感情がやがて一気に噴き出したりする、あの心の揺れ動きは一体どこへ行ってしまったのだろう。人間本来の個性までもぎ取られてしまったとなると、外観だけが尊重されていくような気がする。

 子供の頃に畑の中を走り回って日が暮れるまで遊んだ者にとっては、共存した自然から得た様々なことが忘れられないのだが、それを知らない人達の世代になったときには、強烈なリズムのところに、歌い上げる息が何となく偉そうに用意されるのかも知れない。
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