素
人 料 理
小学生の頃、母親がピアノを自宅で教えていて、土曜日のように、午前中で学校が終わって腹を空かせて帰ってきても、茶の間には食事の用意が出来ていなかったことが多かった。勿論、外食産業などは未だ皆無の時代だったから、自分で作らざるをえなかった。
氷室に天然氷の入った冷蔵庫を開けて中身を調べ、台所の床板を外してどんな野菜が入っているかを確認して、徐に何を作ろうかと考えるのだが、襖一つ隔てて聞こえてくる母親の生徒に対する声の調子に、結構メニューが左右されたことを想い出す。
汗をかいた日には塩気を欲するし、身体が何となく疲れている時にはさっぱりした物を作りたくなる。母親の声の調子が高い時には、どういう訳かちょっと辛い味を想像してしまったり、脂っこい物が食べたくなったりする。
大きな料亭やレストランのように、厨房が見えないところよりも、カウンター越しに料理人と気楽に話が出来るところを好むのは、私だけではないだろう。料理人にとっても、その客が今日はどんな体調かを見たり、話などから察することは大切なことに違いない。
素人の料理は、全く気分に依るところが多い。それでいいのだろうし、それがいいのである。プロの料理人にはそんなことは許されない。必要に迫られて始めた料理作りも、もう彼此40年になるが、想像するよりも遥かにアイディア次第の創造の世界なのである。 |
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