匙
加 減
どうせ食べるのなら、旨いものを楽しく食べたい。すいた腹を満たすためだけに食物を詰め込んでいるような光景は、できるだけ見たくない。人間の欲のうちの一つを捨てるということは、人間の大切な楽しみの一つを捨ててしまうのと同じことになってしまう。
では、その旨い料理がどうやって生まれるかという話になると、これは意見が色々と別れるところになるのだが、世の中には、万人の舌を満足させてしまうような、凄い料理もある。そこには、一人一人の味覚の好みを完全に超越した、味の芸術が存在するのだ。
料理の本を眺めたり、テレビで料理の番組を見ていても、大匙何杯、小匙何杯というような表現で、その料理人の匙加減を事細かに教えてくれるのだが、超越した味の芸術は、そんな簡単なことだけではとても真似ができない。でも、それが基本なのであろう。
味の基本は、確かに匙加減で示すことができる。けれども、食材の問題をはじめとし、包丁の研ぎ具合から食材の切り方や火の加減など、数え上げたら限りがないほど多種多様にわたる様々な要素が、総て巧く組み合わさって初めて、味の芸術となるのである。
数値で示した匙加減を、ただマニュアル的に実行して味の芸術が生まれるのであれば、世の中は料理の名人達でひしめき合っている筈である。本当に旨いと思える料理には、なかなかお目にかかることができないが、そこには必ず、何かを納得させる閃きがある。 |
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