新
し い 鍋
新しい鍋を買った。厚手で、ずっしりとしている割りには、手にしたときにそれを感じさせない。まるで美術品のように美しい。これまで長年使ってきた汚れた鍋のそばに置くと、その古い鍋が可哀想なくらい、新しい鍋は堂々として、威厳を保っていた。
眺めているだけでも楽しい。この鍋を使って何を作ろうか。水洗いしてお湯を沸かしてみると、底の方から小さな泡が立ち始めた。見慣れた泡が新鮮に見える。それを、ぼっと見ているだけで、充実感が満ちてくる。いいものを手に入れたときだけの充実感である。
この鍋を作った人の心が伝わってくるような気がしたが、使う人の手に渡ったときからこの鍋の一生が決まってしまうのだと思った瞬間、心なしか、鍋も緊張しているかのように見えた。それは、作った人と、使う人との心の交流が始まる瞬間でもある。
鍋を作った人は、自分の鍋がどんな料理人の手に渡って、どんな料理を作るのだろうかと、仕事の合間に職人の浪漫を広げていたに違いない。この鍋は、それを物語っている。作った人の期待に応えようと心に決めて、もう一度手に取る。やはり、いいものはいい。
新しい鍋は、料理する人の心を駆り立てる。あんなものを作ってみよう、こんなものも作ってみようと、幾つもの食材が頭の中を通り過ぎ、その料理が出来上がったときの香りが漂ってくるような気がした。一つの新しい鍋が、また新たな料理を教えてくれた。 |
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