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季刊誌「ムラマツ」に掲載されたエッセイをご紹介いたします。
トップページエッセイ「もがりぶえ」 > 3. 冬景色
エッセイ「もがりぶえ」 ESSAY
文:團 伊玖磨
3 「冬景色」
 空の上の何処かで何千人の小人が氷で出来たピッコロを揃って吹いていて、その冷たい音が絲になって日本の上へ降り掛かって来ているのではないかしらと思いながら冬の空を見上げていた。冷たい何千本の絲が風に乱されると雪になって舞うのかも知れない、そんな事も思った。

 この数年、決まった事のように真冬の最も寒い時期に北海道にオペラ「夕鶴」巡演の旅に出る。一昨年(おととし)は静内と苫小牧、去年は帯広と釧路、今年は札幌と旭川が上演の街だった。来年は稚内ともう一つ何処かの街に行く事が大体決まっている。

 旭川は寒かった。然し、気持ちの良い寒さだった。凡そ寒さでも暑さでも中途半端がいけない。本土の、せめて零度あたりの寒さでも、障子や唐紙の隙き間から風が入って来るような場合の方が、北海道やヨーロッパの、寒さが寒さとしてまともにぶつかって来る場合よりも風邪も引きやすいし具合が悪い事は、誰でも経験する事だと思う。旭川は、夜は零下22度迄気温が下がった。朝早く起きて、陽が昇った外に出ると、空気中の僅かの濕度が凍ったものだろう、微細なきらきらしたものが眼の前を漂って流れたりした。

 旭川の国鉄の駅のプレイトを見たら、「あさひがわ」と書いてあった。切符を見直してみたら、これもあさひがわだった。僕は昔から「あさひかわ」と思っていたので、不思議に思って旭川の人に訊いてみたら、旭川の人達もあさひかわと言いますとの答えだった。こういう不思議な事はよくあって、九州の佐世保も、駅には「させぼ」と書いてあるが、「させほ」と言う人が多い。駅が出来た明治時代にはあさひがわ、させぼと濁って発音した人が多かったのかも知れないと思ったりする。明治十年代の新聞を読んでいたら、東京にとうけいとルビが振ってあったので驚いた。実際にとうけいと言っていただろうか。百歳以上の人に訊いてみたいと思う。地名や人名は日本では仲々難しく、そもそも日本という国名も、にほんかにっぽんか、よく判らない。

 冬の北海道でオペラ「夕鶴」を指揮しながら思う事は、短い前奏で幕が上がり、一面の雪景色の中の小屋の内で与ひょうが眠りこけている情景がフルートのソロで浮び上がって来るのを見ると、舞台の上の情景と、会場の外の実際の冬景色の共通性が、えらく親近感を感じさせる事である。釧路では丹頂の鶴も冬を越す。前にウィーンでヨハン・シュトラウスのオペレッタを見てフォルクス・オーパーを出たら、外のウィーンの街が今迄見ていた舞台の上のウィーンの街と同じなので楽しくなった事を思い出す。

 マニラでオペラ「夕鶴」を指揮した事がある。幕が開いて例の雪景色になった途端に、聴衆席からおうともごうともつかぬ歡声が上がった。この場合は逆で、雪というものを身の回りに持たぬ人達が、珍しさの声を上げたのだった。

 「夕鶴」には管弦楽の中にフルートのソロが多い。僕は寒さの中を歩いていたり、雪空を見上げていると、フルートの高音が何処かから聴こえて来る。何故なのだろう。そして、そのために、雪景色の多い「夕鶴」にフルートが多く聴こえるのは確かである。

(このエッセイは、1983年より93年まで、季刊 『ムラマツ』の巻頭言として、團 伊玖磨氏に執筆していただいたものを、そのまま転載したものです。)
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