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季刊誌「ムラマツ」に掲載されたエッセイをご紹介いたします。
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エッセイ「もがりぶえ」 ESSAY
文:團 伊玖磨
8 「中国の空の下で 2」
 中国の方々を歩いて聴いた民族音楽の中で最も印象に残ったものは何かと問われれば、問題無く僕がその第一に挙げるのは *びん南(びんなん)の南音(なんいん)である。

 或る時、中国音楽家協会の呂驥主席(作曲家・現同協会名譽主席)と中国各地の民族音楽に就いて話していた時に、今迄福建省に行った事が無いと言う僕に、彼は、恐らくあらゆる中国の民族音楽の中で、貴方が最も美しいと感じ、好まれるものは、自分と同じように泉州の南音では無いかと思う。是非南音を聴きなさいというアドヴァイスを受けた。

 僕は早速に南音を聴く事を計画し、福建への旅に上った。

 南音は福建省の地方音楽で、南曲とも呼ばれ、音楽そのものも賞されていると同時に、演劇と合体して南音劇というジャンルも出来上がっているという。東南アジア各地、いや広く言えば世界各地に拡がっている所謂華僑には福建、広東系の人達が多く、その人達には中国の南方劇・南方音楽の代表である南音は人気が高く、従って東南アジア各地には中国、香港からの南音の楽団、劇団が巡業して廻っている。数年前、香港で南音劇を一度見た事があるだけの僕にはその全体像は把握出来ていなかったけれども、その美しさの傾向は判っていたので、事前に書物で調べられる限りの事は調べて、胸をふくらませて福建省へ向かった。

 福建省の省都、福州へは上海から飛行機で飛んだ。福州は国姓爺で知られる鄭成功――彼は福州の人鄭芝竜と日本平戸の女性との間の子である――の故地だし、鴉片戦争の雄、林則如の墓があったりする歴史の街であるけれども、南音は、福州の南を流れるびん江を越えた所謂びん南に入らないと聴く事が出来無い。びん南の代表的な街は、マルコ・ポーロがこの港からイタリアへ帰って行った、当時の国際港、泉州である。福州から泉州へは、土地柄をよく知るためにバスで行った。バスで福州から泉州へは約5時間の旅である。びん江を越え、南へ走るにつれて、収穫をしていると思うとその隣りでは苗代を植えている南方独特の二分作、三部作の水田がひらけ、人家の屋根の反(そ)りがだんだんに強くなり、水牛の数が増えて来る。

 泉州は昔々の国際港の勢いを今は持っていないが、小じんまりとした落ち着いた街だった。ここの劇場で、僕は、わざわざ僕のために巡業先きから帰って来て呉れた楽団、劇団が演じる南音をゆっくり一晩聴く事が出来た。

 先ず驚いた事に、南音はその第一音からして所謂中国音楽とは異っていた。今迄中国音楽の"乾燥"した音に馴れていた僕の耳は、南音の"濡れた"音、しっとりとした音に、先ず吸い寄せられた。そして、その柔かな音色の中に、何という美しい旋律の数々が流れて行った事だろう。歌にしても、北方、西方のかん高い発音はここでは殆ど無く、しっとりとした声が心に沁みた。リズムも柔らかだった。

 楽器で特色を発揮していたのは尺八だった。日本と同じ尺八である。――と言うより、こゝでも尺八と呼ばれているこの楽器はこゝから日本に傳わって行ったのだろうと思う。

(このエッセイは、1983年より93年まで、季刊 『ムラマツ』の巻頭言として、團 伊玖磨氏に執筆していただいたものを、そのまま転載したものです。)

* 原文は「 びんなん(びんなん)」 と表記されておりますが、日本語環境では表示ができないため文中では「びん南」と表記しております。
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