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季刊誌「ムラマツ」に掲載されたエッセイをご紹介いたします。
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エッセイ「もがりぶえ」 ESSAY
文:團 伊玖磨
18 「あまつ空」
 1987年の最後の仕事は、俳優座の「あまつ空なる」という芝居の音楽の作曲だった。平安時代に書かれた「尾張中納言物語」を中村紳一郎さんが現代風に劇化されたものであった。久し振りの劇音楽を僕は心楽しく作曲した。この芝居には日本の京都、吉野、そして唐の都が交互に出て来る。従って、僕は心の中で中世の日本の音、唐の音を考え続けた。

 こうした作業をしていて気付く事なのだが、所謂東洋の音楽には金管楽器が含まれない。中国の西蔵(ティベット)には巨大な金管喇叭が存在するし、中国音楽の中には、金属の「あさがお」を付ける事で、ちゃるめらの音を金属的強音に近付けたものはあるが、本格的な金管楽器は活躍しない。日本となると、全く金管楽器は姿も見せない。もう一つ、中国には二胡を例に挙げる迄も無く、擦弦楽器が存在するが、日本では擦弦は殆んど行われず、三味線、琴のように弦を彈(はじ)く撥弦奏法だけが行われていた。もう一つ、西洋には発達した單簧管楽器が、東洋には発達しなかった。

 ――― 従って、單純に考えると、東洋的な音楽を作曲する場合、金管楽器をどうするか、單簧管楽器をどう扱うか、又、日本的音楽を作りあげる場合、ピツィカートは良いとして、擦弦奏法をどうするかという事は、音色的に基本問題となる。逆に言うと、フルート属、オーボエ属、弦のピツィカート、ハープ、打楽器は気安く用いられるが、弦のアルコとクラリネットは神経を用いないと音色の上から東洋的な統一感を乱してしまうから注意が肝要ということになる。昔のジンタや安物の劇伴奏の音楽では、こうした配慮全く無しに、トランペットやクラリネットにも平気で日本の旋律を吹かせたりしたので、御存知の奇怪な音楽が鳴った訳だった。音色の感覚は大切なものと思う。

 ――― さて、然し、今述べた事は、まことに初歩的な一つの考え方を示している訳で、いつもいつも、作曲の場合にこうした消去法的な考えに立脚している訳には行かない。何故なら、新しく作られる音楽が、いつも既存の、昔の東洋、日本音楽の模倣を目的としている訳では無いからである。寧ろ、古い時代に題材を取った劇の音楽などの場合以外は、こうした立場とは逆の立場を取る場合 ――― もっとずっと積極的な管弦楽の色彩を駆使する方法を僕達は取る。然し、先に述べた素朴な、東洋の音色の組み上げ方は、原則的な意味で、どんなに複雑な管弦楽法を駆使している場合でも、心の隅に置いておいた方が、東洋の作曲家として、何かの場合に間違いの無い態度が取れると僕は思っている。

 1988年が開けて行く。

 1988年はどんな音色の年になるのだろうか。

(このエッセイは、1983年より93年まで、季刊 『ムラマツ』の巻頭言として、團 伊玖磨氏に執筆していただいたものを、そのまま転載したものです。)
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