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季刊誌「ムラマツ」に掲載されたエッセイをご紹介いたします。
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エッセイ「もがりぶえ」 ESSAY
文:團 伊玖磨
1 「虎落笛(もがりぶえ)」
 青山墓地を歩いていた。別に誰かの墓に花を供えに行ったのでは無い。えらく現実的な話しなのだが、丁度墓地を抜けると近道になると考えて、平生余り通った事の無い墓地と墓地の間の小径を抜けていた。

 大きな墓がある。小さな墓がある。妙に目立つ墓がある。目立たぬ墓もある。大きな墓や目立つ墓が俗に言う偉い人の墓で、小さな墓や目立たぬ墓が偉くない人の墓だとしたらこんな不愉快な事は無い。美に最も大切な事は均齋 (バランス) である。均齋を破ってそそり立っているような大きな墓は、従って美しく無い。例え明治の元勲のような人の墓でも、ああいう醜い石塊は引き倒して、万人平等の美しい墓地を再創造出来ないものかと、勝手な事を考えながら歩いていると、何処からか、不思議な美しい長三度の音程が柔かく聞こえて来た。

 柔かい長三度の音程は、A と F に思われた。絶えるようで絶えなく、さして強まるでも無く、時々は弱まった。僕は立ち止まった。弱い風が吹いていた。指をなめて立ててみた。微風 (そよかぜ) は西から吹いていた。笛のような音は、正確な長三度を保続しながら、すぐ近くから聞こえていた。辺りを注意深く見回していた僕は、目立たぬ小さな墓と小径の間の四つ目垣に吸い寄せられて行った。音は、竹で作られた、これ又全く目立たぬ垣根から聞こえていた。風を遮らぬように注意しながら竹の柵の一本々々をよく観察してみた。右から二本目の竹と、一本おいた四本目の竹の切り口から音がしていた。一番右と三番目の竹は丁度節のところから切ってあって、二番目と四番目の上は節と節の間が切り口になっているために、その穴の上を吹く風が柔かい音を出しているのだった。当り前の事だったけれども、右の太い方が F を、左の稍々細い方が A の音の原因だった。

 こういう、垣の竹の穴に風が自然に奏する笛の音を、昔の人は 「虎落笛 (もがりぶえ)」 と名付けた。虎落 (もがり) とは、辞書に依ると、「戦 (いくさ) などの時、竹を筋違いに組み合わせ、縄で縛って柵としたもの」 と記されている。この時は春だったけれども、虎落笛は俳句では冬の季語である。冬の烈風の時だったら、春の微風とは異って、もっと高く鋭い音が出る事だろうと思う。
目立たぬ小さな墓の垣の竹が、微かな、然し美しい音を奏でていた事に僕は妙に感動した。この美しい長三度は、殆んど誰にも気付かれずに立昇り、風が止むとともに止むのである。ふと、僕は、この目立たぬ墓の主が生前音楽家だったのではないかと思った。そうで無くとも、きっと心の優しい人だったのではないかと思った。

 虎落笛は、僕が立ち去る迄、ずっと小さな音を奏でていた。 妙に大きな墓は厭なものだ。虎落笛の人知れぬ小さな墓の方がずっと奥床しい、僕はそう思いながら、墓地を抜けて街に急いだ。

(このエッセイは、1983年より93年まで、季刊 『ムラマツ』の巻頭言として、團 伊玖磨氏に執筆していただいたものを、そのまま転載したものです。)
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