ムラマツ・フルート・レッスンセンター講師の森岡広志先生に執筆していただきました。

※この記事は2012年に執筆していただいたものです。

第1回

ピアノ曲

今年はドビュッシー生誕150年ということで、世界中いろいろなコンサートで彼の作品が演奏されることでしょう。ドビュッシーは、自分がフランス人だということにたいへんこだわりと誇りを持っていた人で、彼の最晩年の作品であるフルートとヴィオラとハープのためのソナタの表紙には自分の名前とともにフランス人音楽家とわざわざ書きました。また、彼のお墓の墓碑銘までクロード・ドビュッシー フランス人音楽家となっているそうです。しかし、彼の音楽上の功績は当時の音楽家達に衝撃を与え、現在に至るまで大きな影響力をフランスのみならず世界の音楽界に与えるものでしたから、生誕150年が世界中で注目されるのは当然のことですね。というわけで、私たちも今年はフルートでドビュッシーに挑戦してみたい、と思うのは人情というものです。

さて、ドビュッシーがフルートのために作った曲というと皆さん、何が思い浮かびますか?そうそう、無伴奏フルートのための「シランクス」、先程挙げた「フルートとヴィオラとハープのためのソナタ」、それからこれはオーケストラ曲ですが、フルートの魅力的なソロから始まる 「牧神の午後への前奏曲」ぐらいでしょうか。あと、「ビリティスの歌」というフルート2本を含んだ室内楽曲がありますが…。うーん、それにしても少ない…。フルートの曲がこれだけしかないということは、ムッシュードビュッシーはフルートをあまり好きではなかったんだろうか?いいえ、違います。フルート はドビュッシーにとってたいへん重要な楽器であり特別の感情を注ぎ込んだ楽器でした。例えば牧神、この曲はドビュッシーがそれまでの音楽を打ち壊し、彼独 自の音楽上の語法をついに確立した記念すべき作品でした。その曲の主役がフルートです。不安定なドのシャープから始まる冒頭のソロの音色の素晴らしさ!フルートの魅力を知り尽くした作曲家のみが書ける曲ではないでしょうか。そして、フルートとヴィオラとハープのためのソナタはドビュッシー最晩年の作品で、 死期を悟った彼が最後に作曲した3曲のソナタのうちの一曲であり、数ある管楽器の中からフルートが選ばれています。また、シランクスはこの曲の出現によって無伴奏フルートの世界が一変してしまった、といわれるほどの画期的な作品です。フルートはドビュッシーの音楽にとって欠かすことのできない重要な位置を 占める楽器だったのです。とは言え、いくら名曲でも今年一年、この3曲だけを吹き続けるのはちょっときびしいですね。それで今回はドビュッシーのピアノ曲を、フルートとピアノ伴奏で演奏することを考えてみましょう。

ピアノはドビュッシーにとって最も身近な楽器であり、ドビュッシーに教えを受けた フランスの女流大ピアニスト マルグリット・ロンによれば、彼のピアニストとしての腕前は素晴らしいものであったということです。その繊細な絹のようなタッチと陰翳のある奥深い音色は 彼の曲を弾く時いかんなく発揮されました。そんなドビュッシーの数あるピアノ曲でどれがフルートに合うでしょうか。まず最初に思い浮かんだのは、ピアノ連弾の為に1888-89年に作曲された「小組曲」です。これをドビュッシーの友人であった作曲家アンリ・ビュッセールがオーケストラのために編曲している のですが、第一曲目「小舟にて」は皆さんよくご存知かもしれません。その編曲では、のびのびとした美しいメロディーをフルートが受け持っており、素晴らしい効果をあげています。さらにこの「小組曲」から「メヌエット」も可愛い素敵な曲です。次に、「ベルガマスク組曲」 から 「月の光」もいいですね。ドビュッシーはいつも自然の中から音を聴き取ろうとしていました。そしてフルートは自然界と人間をつなぐ楽器といわれています。「月の光」を表現するのにフルート はまさにうってつけの楽器ではないでしょうか。

また、フルートを題材にしたピアノ曲があります。例えば1908年作曲の有名な「子供の領分」から 「小さな 羊飼い」。これは羊飼いの少年が木陰でひと休みしながら自分で作った笛を吹いている情景が目に浮かぶ曲です。そして、1914年作曲のピアノ連弾の為の「6つの古代墓碑銘」から「夏の風の神、パンに祈るために」はいかがでしょうか。パンとはもちろん、あのフルートを吹く牧神のことです。これらフルートにかかわりのあるピアノ曲もフルートで吹いてみたいと思います。最後に、発表会などで吹いたらよさそうな曲を2曲ご紹介します。まずは、前奏曲集第一巻の8曲目 「亜麻色の髪の乙女」。様々な楽器に編曲されて親しまれていますが、ドビュッシー独特の五音音階とハーモニーが魅力的で、フルートの音色の変化が楽しめる曲です。そしてもうひとつは、「ロマンティックなワルツ」です。 ロマンティックというと、美しく、甘いメロディーを想像しますが、この曲はメロディーよりも効果的な休符を伴った溜め息のようなリズムが特徴です。いかに もメロディー偏重の音楽とは一線を画したドビュッシーらしいロマンティックを表現していて、「古き良きフランス」という感じでおすすめです。
<スタッフより>
ピースで出ている曲もございますが、今回は曲集からご紹介致します。
ドビュッシーの世界をたっぷりお楽しみください!

森岡広志


桐朋学園大学に入学。林リリ子、小出信也の両氏に師事。1976年渡仏。ヴェルサイユ国立音楽院に入学し、J.カスタニエ氏に師事。1979年同院を金賞で卒業。1981年パリ・エコ−ル・ノルマル音楽院に入学。C.ラルデ氏に師事。1983年演奏家資格を得て卒業。この間、サンマキシマン音楽祭、サンポ−ルドヴァンス音楽祭、他フランス各地で演奏会を行った。1987年よりメゾンラフィット音楽院教授を勤め、1988年に帰国。ムラマツ・フルート・レッスンセンター講師。