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テレマン没後250年

第1回 多作家テレマンについて

テレマンといえば、バッハ、ヘンデルと並ぶドイツ・バロックを代表する作曲家の一人で、当時の人気は二人の巨匠をも超えていました。現代でもテレマン愛好家の数は多く、簡単で楽しい曲が多いので、ちょっとバロックのアンサンブルを楽しみたい時などに重宝されています。

当時のヨーロッパにはイタリア様式とフランス様式という全く異なる趣味の音楽があり、ドイツではその二つを組み合わせた混合様式が人気を博していましたが、テレマンの作品はさらに伝統的な対位法、流行のロココ・ギャラント様式、斬新な多感・疾風怒濤様式、当時では珍しいポーランド・スラブ様式などを加えて当時のあらゆる様式を網羅していて、テレマンの曲を演奏するだけでバロックのあらゆる様式を体感できるところも魅力の一つです。

ライプツィッヒの
コレギウム・ムジクム(1727年)
ライプツィッヒのコレギウム・ムジクムが演奏活動を行ったツィンマーマンのコーヒーハウス

牧師の家系に生まれたテレマンは、幼い時から音楽への強い興味と才能を持ちながらも、音楽家となることを長い間親に反対されていたため、正式な音楽教育を受けることはなく、ほとんどすべて独学で学びました。しかし、ライプツィッヒで大学生活を送っていたころにはすでに作曲法に通じ、オルガン、チェンバロはもちろん、ヴァイオリン、リコーダー、ツィター、オーボエ、フルート、シャルモー、ガンバ、コントラバス、トロンボーンに至るまで様々な楽器を弾きこなすことができ、仲間と共に学生オーケストラ「コレギウム・ムジクム」を組織して自作品を演奏し、大成功を修めました。それ以降テレマンのもとには作曲の依頼が多数舞込み、親も音楽家となることを認めざるを得なくなったそうです。

ハンブルク市の音楽監督に
就任したテレマン

その後テレマンは順調に出世の道を登り続け、ゾーラウ、アイゼナッハの宮廷楽長、フランクフルト市の音楽監督などを経て、1721年にハンブルク市の音楽監督となり、86歳で死去するまで46年間勤め続けました。就任後テレマンがこなした仕事量は尋常ではありません。J.S.バッハがカンタータは5年巻分、受難曲は4つほどしか書いた形跡がないのに対して、テレマンはカンタータをなんと31年巻分(1700曲以上)、受難曲は46曲も作曲しました。さらに、ハンブルク・オペラの音楽監督にも就任し、少なくとも40曲のオペラを書き、バッハが4曲しか書かなかった管弦楽組曲をテレマンは600〜700ぐらい書いています。現存する曲だけでも3600曲ありますが、実際書いた曲は4000を超え「ギネス世界記録」でもクラシック分野でもっとも多作な作曲家として認定されています。

テレマンの作品はバッハと比べると単純でつまらないと思っている方もいるかもしれません。確かにテレマンの曲はバッハほど複雑ではありませんが、そこにはテレマンのポリシーが秘められています。バッハにとって音楽の目的は神と対話をすることにありました。数象徴や音楽修辞学を駆使して神の国を現世に再現すること、それこそがバッハにとっての音楽であり、それは必然的に時空を超えた普遍的な音楽を目指すこととなり、今でも現代人の心を揺さぶり続けています。一方でバッハの理想は結果的に少々現実の人間を置き去りにすることとなり、当時の人達からは難しい、分かりにくい、古臭いなどの評価を受けることとなりました。

それに対してテレマンにとって音楽の目的は「楽しみ」でした。できるだけ多くの人に音楽を楽しんでほしいという切なる願いがテレマンの人生や作品からにじみ出ています。自伝の中でテレマンは、「簡単な曲じゃないと演奏している人の顔はしかめ面になってしまうので、特定少数のための難しい音楽を書くより、みんなが楽しめる簡単な曲の方が多くの人のためになる(要約)」と書いています。実際テレマンはその姿勢を生涯貫き通しました。当時ソロやトリオなどの室内楽は演奏家自身が作曲して演奏することが多く、一流の作曲家が室内楽曲やアマチュア向けの簡単な曲を出版することはあまりなかったにも関わらず、誰でもが演奏しやすい曲を手軽に買えるようにと、テレマンは室内楽曲の出版を数多く行いました。 また、18世紀前半、音楽はまだまだ知的特権階級者のための特別な楽しみであり、庶民が気軽に楽しめるものではありませんでしたが、テレマンはそんな時代にお金を払えば誰でもが演奏を聴ける公開コンサートを週2回定期的に行い、アマチュアの学生、商人、裕福な市民とプロの音楽家が一緒に演奏するコレギウム・ムジクムの活動にも力を入れ、音楽普及の底上げに尽力しました。

テレマンの魅力を知りたいなら、何はともあれまず自分で演奏してみることをお勧めします。それも1人ではなく誰かと一緒に。技術のレベルを問わず「ああアンサンブルっていいなぁ、音楽って素敵」と思える、それがテレマンの醍醐味です。確かに、時にテレマンの作品は平易すぎて単調な演奏になることがあります。でもそれはすべて演奏者次第です。演奏者の腕次第ではありません。演奏者の心持次第です。音楽を愛する心、アンサンブルを楽しむ心を持って挑めば、いつでも曲が生き生きと踊りだすのです。


1720年頃のハンブルク

<代表的なフルートを含むテレマンの室内楽作品>
 無伴奏フルートのための12のファンタジー TWV40:2-13
 フルートまたはヴァイオリンのための2重奏 Op.2 TWV40:101-106
 6つのカノン風ソナタ Op.5 TWV40:118-123
 フルート2重奏 TWV40:124-129,130-135,141-149
 フルートまたはヴァイオリンと通奏低音のための12のソナタ TWV41:F3/e4/A5/C4/g7/D8/d3/G8/h5/E6/a5/fis1
 12のメトーディ ッシュ・ソナタ
 クライネ・カンマ―ムジーク
 トリエットとスケルツォ TWV42:G2/A1/D2/E1/d1/D3
 音楽の練習帳
 忠実なる音楽の師
 ターフェルムジーク
 パリ四重奏曲
 ハンブルク四重奏曲


前田 りり子 (Liliko MAEDA バロックフルート)

モダン・フルートを小出信也氏に師事。
高校2年の時、全日本学生音楽コンクール西日本大会フルート部門1位入賞。
その後バロック・フルートに転向し桐朋学園大学古楽器科に進学。
オランダのデン・ハーグ王立音楽院の大学院修了。
有田正広、バルトルド・クイケンの両氏に師事。
1996年、山梨古楽コンクールにて第1位入賞し、1999年、ブルージュ国際古楽コンクールで2位入賞(フルートでは最高位)。
バッハ・コレギウム・ジャパン、オーケストラ・リベラ・クラシカ、ソフィオ・アルモニコなど、各種演奏団体のメンバーとして演奏・レコーディング活動をしているほか、日本各地でしばしばリサイタルや室内楽コンサートを行っている。
また2006年には単行本「フルートの肖像」を東京書籍より出版し、執筆活動にも力を入れている。
現在、東京芸術大学、上野学園大学非常勤講師。
前田りり子の公式ホームページは「りりこの部屋」で検索。

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