フルート奏者の竹澤栄祐さんに執筆していただきました。

※この記事は2019年に執筆していただいたものです。

第4回

「モーツァルトらしさ」って何? 〜フルート作品を例に〜その2

前回に続いて、モーツァルトのフルート作品を例にしながら、「モーツァルトらしさ」を探ってみましょう。ただし、ここで取り上げている特徴は、他の作曲家の作品にも当てはまるかもしれません。しかし、これらの特徴をすべて合わせて全体を捉えたときに、モーツァルト独自のまさに「モーツァルトらしさ」が浮かび上がってくるのです。

シンコペーション、半音階進行、減7の和音や倚音の使用法

ギリシャ語の失神(syncope)を語源とする【シンコペーション】
バロック時代の音楽修辞法では「Passus duriusculus(パッスス デュリウスクルス)」と呼ばれ、「苦難の歩み」を表した【半音階進行】
古典派までの音楽では最も鋭い不協和音とされて、激しい表現をするときに用いられたのと同時に、この和音が4種類の調に属することができるため、前回紹介した≪フルート協奏曲 第2番 ニ長調 K.314≫の第1楽章の再現部の5小節目のように、転調して場面転換をするときにも便利な【減7の和音】
モーツァルトの音楽とは切っても切り離せない【倚音】

これらを用いて作曲することは、もちろんモーツァルトの専売特許ではありません。しかし、モーツァルトに限らず、バッハやベートーヴェンなどの大作曲家たちは、それらの使い方が効果的で「うまい」のです。まさに、ここぞという場所で使っています。
特に、≪フルート四重奏曲 ニ長調 K.285≫の第3楽章の158小節目(譜例1)のように、遠隔調から半音階を用いながらさり気なく転調し、いつの間にか主調へ移行する作曲法は、モーツァルトの真骨頂ともいえるでしょう。 また、≪フルート協奏曲 第1番 ト長調 K.313≫の第2楽章の25小節目(譜例2)や、≪フルート協奏曲 第2番 ニ長調 K.314≫の第2楽章の36小節目(譜例3)のように、シンコペーションと半音階進行を組み合わせて、さらに効果を上げるパターンもあります。 このほかにも、≪フルート協奏曲 第2番 ニ長調 K.314≫の第1楽章の113小節目の冒頭(譜例4)で、印象的に響く減7の和音の後、まるでため息をつくかのような下行の半音階進行が続くというように、減7の和音と半音階進行を連続して使っている場面もあります。 半音階進行については、作曲上困った時に使う常套手段でもあったようです。たとえば、≪フルート協奏曲 第2番 ニ長調 K.314≫の第1楽章の再現部の147小節目(譜例5)や173小節目では、本来であったらもっと上の音域まで行きたいところが、当時の楽器(この場合は原曲のオーボエ)の音域の都合で上の音まで行けない場合に、半音階進行を効果的に使って、うまくピンチを切り抜けるだけでなく、まるで「禍を転じて福と為す」が如く、本来そうあったであろう姿よりも素敵にしてしまう、というマジックを披露します。

小さな歌口、6つの指穴に1つのキーがついている古典派時代に使われたフルート。

非和声音の代表ともいえる倚音は、強拍に置かれて次の音に2度上か下へ進行することによって和声音に解決する音のことです。西洋音楽の歴史は、バロック時代から近代に至るまで、この不協和音から協和音へ解決する時に感じられる独特の美しさを追求してきた歴史ともいえます。

モーツァルトの≪フルート協奏曲 第2番 ニ長調 K.314≫の第2楽章の、11小節から18小節(譜例6)のフルート・パートを見てみましょう。16小節目のフルートの「レ=d」は、「ファ・ラ・ド」の和音に対して非和声音で強拍にあり、この音は次の「ド」の音に解決していますから、典型的な倚音といえます。では、その2小節前の14小節目の「ラ♯=ais」の場合はどうでしょうか?この音も2度上昇し「シ=h」に解決して、倚音とみなすことができますが、伴奏の弦楽器の1拍目は8分休符で音がありません。実はここでモーツァルトは、聞き手に実際には鳴っていない伴奏の「ソ・レ」を想像させようとしているのです。同じように、12小節目と13小節目にも1拍目がありません。これらの休符によって、聞き手はまるで突然はしごを外されたかのように、思わずハッとさせられることになり、伴奏が1拍目からあった時よりも効果的に、不協和音から協和音へ移り変わる美しさを感じることができるのです。音があるよりもない方が美しいとは、音があってこそ成り立っている音楽にとってはとても興味深いことです。同じような例は、≪アンダンテ ハ長調 K.315≫の28小節目(譜例7)にもあります。

休符の効果

逸話の多いモーツァルト。「音楽の最高の効果は、流れる音の間に現れる無音の状態にある」と本当に言ったかどうかは、残念ながら確証を得られませんでしたが、彼の音楽には上述の例を見ても、この言葉が具現化されています。このほかにも、「清らか」や「美しい」などという言葉が真っ先に思い浮かぶモーツァルトの作品とは思えない、思わず耳を覆いたくなるような不協和音だらけで始まる≪弦楽四重奏曲 第19番 ハ長調 K.465「不協和音」≫の第4楽章には、ハッとさせられる休符が頻発します。この休符は、音楽修辞法では「Suspiratio(ススピラツィオ)」と呼ばれ、休止によって旋律が分断されることによって、話している時の「!」や「?」のような、驚き、ため息、戸惑いなどを表す場合に用いられました。≪フルート四重奏曲 ニ長調 K.285≫の第2楽章の最後(譜例8)に、この楽章を終わるのをためらうかのような、2つの休符が置かれた後に、凛とした第3楽章に突入する場面や、≪フルート四重奏曲 イ長調 K.298≫の第3楽章にも、こういった休符の効果が随所に表れています。

主和音の分散和音で始まる

現在のハープより、弦とペダルの数が少ない古典派時代のハープ。

≪フルートとハープのための協奏曲 ハ長調 K.299≫(譜例9)の第1楽章の主題や、≪アイネ・クライネ・ナハトムジーク ト長調 K.525≫の冒頭などに代表されるように、曲の冒頭が曲の主和音の分散和音で始まることが多いのも大きな特徴の一つです。これは、モーツァルトに限らず、「縦」の和声を重視するホモフォニーの時代の音楽では、聴衆にわかりやすくするため、冒頭で曲の調を明らかにすることが必要だったためです。≪フルート協奏曲 第2番 ニ長調 K.314≫の第2楽章の冒頭(譜例10)のオーケストラと、フルート・ソロの冒頭もト長調の主和音(ソ・シ・レ)を4分音符で鳴り響かせて始まります。

最低音Cまで演奏できる古典派時代のフルート。フルートとハープのための協奏曲 ハ長調 K.299≫で初めて最低音のCが出てくる。

16分音符で上行下行する活き活きとしたパッセージ

モーツァルトの大きな特徴の一つに、速い楽章で16分音符の音階や分散和音を伴う走句(=パッセージ)があります。この走句自体がモーツァルトの音楽に推進力を与え、活き活きとさせて聴く者を惹きつけます。たとえば、前回も登場した≪ピアノ・ソナタ ハ長調 K.545≫の第1楽章では、短い4小節のテーマを提示した後、間髪を入れず16分音符の素早いスケールのパッセージが続きます(譜例11)。同じように、≪フルート協奏曲 第1番 ト長調 K.313≫の第1楽章でも、フルートが短いテーマを演奏すると16分音符のパッセージ、新たな楽想の提示の後にも素早いパッセージ、というように16分音符のパッセージが楽想と楽想を繋ぐことによって、目くるめくように音楽を展開していく様がわかります。

多くの楽想が現れる

ベートーヴェンの交響曲≪運命≫の第1楽章は、「ソ―ミ―ファ―レ」という「3度下がって2度上がり3度下がる」という、たった一つの動機を様々に展開することによって楽章自体が成り立っています。このように、ベートーヴェンやバッハなどの作曲家が、一つの主題を労作することによって一つの曲を作り上げたのとは対照的に、モーツァルトの音楽には多くの楽想が現れるのが大きな特徴です。そのことは、≪フルート協奏曲 第1番 ト長調 K.313≫の第1楽章を見ても明らかでしょう。楽想が次から次へと溢れ出る、モーツァルトの「天才」が表れているともいえるでしょう。

意表を突くユニゾン

有名な≪アイネ・クライネ・ナハトムジーク ト長調 K.525≫の第1楽章では、短い展開部の最後に意表を突くかのようにユニゾンが奏され、その後半音階進行を伴ってさりげなく再現部に戻ります。同じように、≪フルート四重奏曲 ニ長調 K.285≫の第1楽章の98小節目(譜例12)では、展開部の最後に半音階進行を伴って意表を突くような3つの弦楽器によるユニゾンがあり、その後にフルートが同じことを引き継ぎ再現部に戻ります。

跳躍の効果的な使用

(譜例13) 2オクターヴと3度におよぶ上下の「跳躍」
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時には2オクターヴにおよぶ長い音価の「跳躍」

≪フルート協奏曲 第1番 ト長調 K.313≫の第1楽章の107小節目から109小節目(譜例13)(同じことが118小節目から120小節目でも)では、最大2オクターヴと3度におよぶ上下の「跳躍」で緊張を全音符で演出した後に、減7の和音を響かせて、その音を解決することによって緩和を演出、さらに1オクターヴと7度の跳躍をしています。このように、長い音価の音の跳躍を使いながら、目くるめくように緊張感と緩和を演出しています。

同じような跳躍は、≪フルート四重奏曲 ニ長調 K.285≫の第3楽章の、109小節目から132小節目(譜例14)にもみられます。

6度→7度→8度(オクターヴ)の跳躍

≪フルート協奏曲 第1番 ト長調 K.313≫の第2楽章の17小節の1拍目で6度音程の跳躍、18小節目の1拍目では7度音程の跳躍、そして19小節目の1拍目では8度音程=オクターヴの跳躍(譜例15)というように、跳躍の幅を広げることによって、緊張感を増して聴衆を引き寄せるモーツァルトお得意の手法は、第3楽章の107小節目から110小節目の間(譜例16)にもみられます。
  • (譜例15) 6度、7度、8度(オクターヴ)の跳躍@
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  • (譜例16) 6度、7度、8度(オクターヴ)の跳躍A
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これとは逆に、≪フルート四重奏曲 ニ長調 K.285≫の第1楽章の70小節目のアウフタクトからは、8度→7度→6度と跳躍の幅が狭まる(譜例17)ことで、緊張が弛緩されています。
  • (譜例17) 跳躍の幅が狭まることで、緊張が弛緩
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また、≪アンダンテ ハ長調 K.315≫の15小節目から18小節目(譜例18)のフルート・パートでは、「ソ」を中心にして、6度や8度の跳躍を挟みながら上下に分かれていき、ついに分散和音の音形で10度の跳躍に達することで、曲の緊張感を増しています。
  • (譜例18) 6度や8度の跳躍を挟みながら分散和音の音型で10度の跳躍に達する
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3回の繰り返し

モーツァルトの音楽と「3」という数字は、切っても切り離せないキーワードのひとつでしょう。カトリックの大司教が治めたザルツブルクで生まれ育ち、宮廷楽師として大司教に仕えたモーツァルトは、とても敬虔なキリスト教信者としても知られています。キリスト教にとっての「3」は、「三位一体」の象徴で、神聖な数字だったことと関係しているかはわかりませんが、モーツァルトは、同じフレーズを3回続けることがとても多いです。

このことは、何もモーツァルトに限ったことではなく、たとえばバッハにも同じような特徴がみられます。同じフレーズを2回繰り返す場合、その2回に変化をもたらすためには、1回目を強くして2回目は弱くしてエコーにする(f ⇒ p)、もしくはその逆にする(p ⇒ f)、または同じように繰り返す(mf ⇒ mf)、というように方法が限られますが、3回繰り返すと、例えば徐々に大きく(mp ⇒ mf ⇒ f)したり、まるで「ホップ・ステップ・ジャンプ」するかのように演奏(mf ⇒ mp ⇒ f)したりなどと、ヴァリエーションがだんぜん増えます。では、4回繰り返すとどうでしょうか?そもそも4回も同じフレーズを演奏するのは聞くのも飽きてしまいますし、しつこさを感じる危険性もあります。このようにみていくと、3回繰り返すというのは、「おさまり」が良いのです。

また、フレーズを3回繰り返すのみでなく、同じ音を3回繰り返すことも、モーツァルトにはよくみられます。

これらの3回を、どのように変化させて演奏するのかが、モーツァルトを演奏する時の難しさであり、また楽しさでもあるのです。

即興的な変奏

映画『アマデウス』や、幼いころのヨーロッパ旅行での逸話でも登場する、目隠しでのチェンバロ演奏のシーン。目隠しして演奏したのは、その時初めて聞いた曲を、その場で変奏してしまうような即興演奏でした。このように、幼いころから即興演奏は彼の特技だったのです。モーツァルトがウィーンで音楽家として独立した時に、彼が社会から求められたのも、この即興演奏でした。そもそも、録音機材もないこの時代に、音楽は一度限りの消費物でした。まさに、演奏とは聴衆にとって「一期一会」だったのです。華麗な即興演奏が散りばめられたその場限りの演奏に、聴衆の貴族たちは唯一無二の価値を求めたのです。

≪フルート協奏曲 第1番 ト長調 K.313≫の第3楽章のテーマは、フルートの独奏で4回(譜例19)出てきますが、毎回変奏されています(オクターヴ下げることも変奏の一種です)。このように、モーツァルトは、同じフレーズを2度以上使う場合に変奏することが多いのです。また、同じ曲の第2楽章では、32分音符による細かい動き(譜例20)が多くみられ、これも即興的な変奏が記譜されていると考えることができますが、その即興がとても美しいのです。

抒情性豊かな旋律

モーツァルトといえば、「抒情性豊かな旋律」こそ、最大の特徴なのでは、と思われる方も多いでしょう。実は、印象的な旋律は、よく見てみるとこれまで挙げてきた特徴がそこかしこに隠されているかもしれません。

是非、皆さん自身で分析してみてください。

今回はフルート作品を中心に取り上げたので、オペラや交響曲、ピアノ協奏曲、歌曲など、ほかの分野や編成でみられる、今回紹介しきれなかった特徴が他にもあります。もっとも、あらゆる分野、編成で名作を残したこと自体が、モーツァルトの大きな特徴のひとつなのですが。

しかし、今回のように作曲家の特徴を考えながら演奏、鑑賞することで、解釈が深まり、より豊かな演奏へとつながると私は信じています。

次回は、フルート協奏曲のカデンツァについて考えたいと思います。

竹澤 栄祐

東京芸術大学音楽学部器楽科フルート専攻を経て、同大学院修士課程修了。さらに博士後期課程に進み、「J.S.バッハの作品におけるフルートの用法と真純問題をめぐって」についての研究と演奏で管楽器専攻としては日本で初めて博士号を授与される。
過去9回、銀座・王子ホールにてリサイタルを開催。
アジア・フルート連盟東京の会報では、創刊号から10年以上「J.S.バッハのフルート」を連載中。ソウル大学や上海音楽学院などで講演を行っている。
これまでにフルートを北嶋則宏、播博、細川順三、金昌国、P.マイゼン、室内楽を山本正治、中川良平、故岡山潔、音楽学を角倉一朗の各氏に師事。
現在、アジア・フルート連盟東京常任理事、東京芸術大学非常勤講師、埼玉大学教育学部芸術講座音楽分野教授。