エッセイ

もがりぶえ

7.中国の空の下で 1

去年の秋、北京で僕のオーケストラ作品の演奏会をした。演奏は中国一の中央楽団、指揮は中央楽団の統帥、李徳倫と僕が分担した。曲目は、(1)管弦楽のための「夜」、(2)管弦楽組曲「シルクロード」、(3)交響幻想曲「万里長城」、(4)交響曲第2番変ロ調をプログラムに組んだ。「万里長城」はこの演奏会のために書き下ろした新作である。

現在、中国のオーケストラ事情は、隣国であるに拘らず日本の音楽愛好家にそれ程知られていない。北京では李徳倫、韓中傑の指揮する中央楽団、そして袁方の指揮する中央放送局のオーケストラ、鄭小瑛の指揮する中央歌劇院のオーケストラ、姚関榮の指揮する映画録音のためのオーケストラ、その他、中央音楽学院のオーケストラ、最近組織された青年のオーケストラ等が活躍して居り、上海では黄貽鈞、曹鵬の指揮する上海交響楽団、司徒漢の指揮する合唱と合体したユニークな上海楽団オーケストラ、呂其明の指揮する映画のオーケストラ、上海音楽学院のオーケストラ等がしのぎを削っている。その演奏水準は楽器の問題さえ解決すれば、日本の音楽愛好家の想像を絶して高い。
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去年の演奏会のための訪中は僕の1996年以来の20回目に当たっていた。その祝賀も兼ねての演奏会を中国文化部と中央楽団が開いて呉れたのだったが、凄まじいエネルギーで上り坂を進んでいる中国のクラシック音楽界を知る事、日本の音楽家、作曲家としての中国音楽の動きに何等かの役に立ちたい事、文化、音楽の交流に働き度い事、それ等の事は当然中心だが、僕の訪中回数が重なる理由の他の一つは、広大な中国にそれぞれの歴史と伝統を背景としながら散らばっている各地の民族音楽の美しさに魅惑されて、少しでも多くの地方を歩いてその民族の宝を聴く喜びを得たいという事が重なっているからである。

当り前に受け取られそうだが、中国は広大な国である。北は内蒙古、黒龍江、吉林省から南は雲南、広東省、東は山東省から西は新疆・ウイグル自治区にわたるこの面積は、国という概念では律し切れない地球的規模の面積である。その面積の中に、55の民族が暮らしている。この広大さは、その中を一匹の蟻のように歩き続ける事によって初めて体感出来る類のものだと思う。

僕は1966年に初めて中国の地を踏んだ時から今迄、20回の中国の旅に出て、未だその半分をも歩いていない。然し、その歩き続けた省、街、村、そして湖、川のほとり、山の上、谷の陰で聞いた数々の音楽の中には、忘れ得ぬものが沢山ある。

次回から、時折り現代音楽、ポピュラー・ミュージックにも触れながら、最も印象に残ったものの中から幾つかの場面を、その音を記してみたいと思う。先ずは南方から、台湾省の対岸の福建省の音楽から入って行こうと思う。(続く)

このエッセイは、1983年より93年まで、「季刊ムラマツ」の巻頭言として、團 伊玖磨氏に執筆していただいたものを、そのまま転載したものです。