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没後100年特別企画サン=サーンス


第2回 〜夜明け〜

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清水探偵による2つの推理 !!?

ルイ・ドリュス
(1813-1896)

①なぜオペラ座団員ドリュスとルロワに??

フルートとクラリネットのデュオというのは現在においても珍しい編成ですが、ロッシーニが出会って間もないサン=サーンスに対し、この2人のオペラ座団員の名を出したことに、私は意図を感じます。
サロンで成功を収めた『タランテラ』は、その後間髪おかずオーケストラ伴奏用にアレンジし、同ソリストによる再演を行っています。まるでコンチェルタンテに相応しい魅力的な作品として生まれ変わったこのオケ版は、ロッシーニがオペラ座に繋がる2人を巡り合わせた故に誕生したといえます。このタランテラ編曲で自信を得たサン=サーンスは更に、翌1858年に『ピアノ協奏曲 第1番』と『ヴァイオリオン協奏曲 第2番』(出版の順で2番とされていますが第1作目)、59年には『ヴァイオリン協奏曲 第1番』と立て続けに名作を生み出していきます。フランス人による協奏曲という分野においても、サン=サーンスは先駆的な役割を果たしましたが、後世に残るコンチェルトの数々は、1857年のタランテラ編曲が契機となったとも考えられます。

ロッシーニはサン=サーンスと出会った瞬間、器楽作曲家としての資質を見抜き、敢えてオペラ座奏者の名を借りることによって、その道を切り開くための橋渡しをした。その様にみることもできるのではないでしょうか。

②デビューの方法

『タランテラOp.6』は、作曲者名を伏せたまま演奏されましたが、この方法についてみなさんは何か思い当たりませんでしょうか?
先に述べた『交響曲第1番』初演で、セゲールが行った同じ手法をロッシーニは用いたのです。
恐らくロッシーニはその出来事を事前に耳に挟んでいたと思われますが、敢えて同一の手法をこの夜会で再現することにより、聴衆は「あ〜、あの時の若者か!」と紐づけされます。ロッシーニはサン=サーンス第2のデビューをより劇的に飾り立てる為のレトリックとして、この手法を用いたことが考えられます。

以上2点が私の推理でしたが、もしロッシーニがこれ等のストーリーをイメージした上で事を運んだとすると、演出家として恐ろしき力量をもったロッシーニの一面を垣間見ることができます。

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