Vol.7 周藤 典子 先生

A.F.ドップラー
ハンガリー田園幻想曲 OP.26

もう30年以上前のことになるでしょうか。修士課程の２年目の秋、恩師である髙木直喜先生の計らいもあり、故郷の岐阜県恵那市の中学校の音楽鑑賞会で、ナゴヤシティ管弦楽団（現在のセントラル愛知交響楽団）と共演させていただけるという話が舞い込んできました。
曲はA.F.ドップラーの「ハンガリー田園幻想曲」。ソリストとして初めてのオーケストラとの共演でした。本番に向けてやる気満々で準備していたところ、練習の２日ほど前に髙木先生から緊迫した様子で電話がかかってきました。 聞けば「指揮者が急に出られなくなったが、代わりの人がなかなか見つからない。院生でいいからそっちでも探せないか」というものでした。まだ事情がよくわからなかった私にも、指揮者が見つからないと演奏会ができず大変なことになってしまう、ということぐらいは理解できました。

急に自分の練習どころではなくなってしまい、藝大の学生名簿を片手に、指揮科の院生に片っ端から電話をかけ、指揮者探しを始めました。
なかなかスケジュールの空いている人が見つからない中、ようやく先生から「東京在住の指揮者が見つかった。彼はこの曲を知らないし楽譜も持っていないから、なんとかコンタクトをとって打ち合わせをしてきてほしい」という連絡をもらいました。ホッとしたのも束の間、あの独特のアゴーギクやテンポの変化を、短い時間でどうやって伝えるかが最大の難関でした。

今のように、LINEやメールでデータのやりとりができる時代ではありません。仕方がないので、練習当日に東京駅の新幹線ホームで指揮者の方と待ち合わせて、名古屋駅に到着するまでの２時間が勝負！カセットテープに録音した私の演奏を聴いてもらいながら、なんとか打ち合わせをすませました。

オーケストラと共演するという緊張よりも、無事に指揮者が見つかって打ち合わせができたことで役目の大半を終えたような気分で、練習から本番まではあっという間でした。不思議なことにどんな演奏をしたかはあまり覚えていません。
それからというもの、この曲を演奏するたびにその時のことを思い出します。

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