解説
C.P.E.バッハは大バッハの次男として生まれ、フリードリヒ大王の皇太子時代から第1チェンバロ奏者として仕えました。大作曲家と大王という大きな存在を常に意識せざるをえない立場は、想像を超える困難さがあったと察せられますが、C.P.E.バッハは新しい感覚を作品に反映させました。バロックの様式化された情緒表現に対して、当時、北ドイツで流行していた多感様式に共感し、実践していったのです。1735年に出版された「正しいクラヴィーア奏法」の中に、「音楽家は、自分自身が感動しなければ、他人を感動させることはできない」と、自らの理念を記しています。 「フルート協奏曲 イ短調」は1750年にチェロ協奏曲として作曲された作品を作曲家自身がフルートのために編曲したものです。他にチェンバロ用の版もあります。第1楽章アレグロは、嵐のような弦楽のリトルネロ形式に対して、ソロ・フルートが旋律主題を提示し、中間部に技巧的な部分がはさみ込まれています。第2楽章アダージョでは、悲劇的な様相の第1楽章に対して、ハ長調に転じて静かな慰めの調べとなっています。第3楽章アレグロ・アッサイは、フルートとオーケストラの緊迫した対話が見事に活かされた楽章です。(解説/三上明子)スタッフより
特撰コーナーにて取り上げています⇒C.P.E.バッハ生誕300年「第3回 ベルリン時代U(協奏曲)」ニュース
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