ムラマツ・フルート・レッスンセンター講師による
~おもひでの名曲~
Memories Of YouVol.46 吉田 雅信 先生
カーク=エラート
ソナタ「アパッショナータ」嬰ヘ短調
思い出の一曲という事ですがとても難しいですね。取り上げて来た曲の中で印象が強かった曲という事でジークフリート・カーク=エラートのソナタ《アパッショナータ》の事を書こうと思います。カーク=エラートの作品では一番演奏される曲ではないでしょうか。近年、鈴木 茜さんの大変優れた論文が出ていっそう身近になった気がします。
ソロフルートの為に書かれていますが、この曲が初めてレッスンで取り上げられた時の事は鮮明に覚えています。それはなんと言っても今までやった曲に較べて曲全体に流れる電圧の高さが圧倒的で、殆ど異常な世界と言いたいほどのものであった事でした。書かれている標語もleidenschaftlich(情熱的に)を皮切りに「興奮して」「熱を持って攻撃的に」「可能な限り速く」等々プレーヤーを追い立てまくるような言葉が並びます。レッスンでは先生も顔を真っ赤にして語り、また吹きで普段とはまるで違う沸騰するような空間の中でレッスンが進んだのでした。リュッタース先生の話ではカーク=エラートの中ではいわゆる19世紀的な髪を振り乱したマッドサイエンティスト的な、情熱が溢れ過ぎて殆どおかしい人みたいな側面と、頭でっかちで理詰めで、とてつもなく難解な主知主義的側面の両面があって、これを統合して表すことが大事だと、それは極めてドイツ的な事だという話を伺いました。

後にライプツィヒのエーリッヒ・リスト先生(ゲヴァントハウスの元首席でマクシミリアン・シュヴェードラーに師事、和声の先生がカーク=エラートだった。)のお宅でこの曲のレッスンを受ける事が出来ましたが、同じ事をおっしゃっていました。レッスンでリスト先生の顔が興奮で真っ赤になるのも同じでした。自分にとってエポックメイキングだったのは、この曲を通して感情或いは感受性の振幅を拡げる事、それを曲に反映させる方法を学んだ事です。それは指の技術練習と同じように勉強して身につける事ができるもので、身につくと引き出しから物を取り出すように使うことができる事を発見した事です。
ソナタ《アパッショナータ》はintensifな強い表現に寄っていますが、それを追求する内に逆の優しくたおやかな表現にも自然に幅が出来てくるのも面白いというか不思議な事でした。もうひとつ言えば、そういう表現の多彩さや振幅の大きさは別にカーク=エラートに限らずバッハでもモーツァルトでもすべての音楽に有効で、それは演奏する側に大変ハッピーな気分をもたらすものだと言う事でしょうか。
もう40年以上前の話です、自分には昨日の事のようですがやはり思い出の一曲ですね。
YOSHIDA MASANOBU吉田 雅信 先生 /新宿教室 日曜日クラス
慶應義塾大学文学部卒業。エッセン国立音楽大学首席卒業。佃 義弘、宇野浩二、吉田雅夫、R.フォーゲル、M.リュッタースの諸氏に師事。室内楽をW.マイエンドルフ、H.ヴンシャーマンの両氏に師事。1979年から1984年ドルステン市立音楽学校講師。1981年より1982年エッセン市立劇場フルート奏者。
1985年帰国。ソロ、室内楽、オーケストラで広汎な活動をすると同時に、後進の指導に当たっている。ムラマツ・フルート・レッスンセンター講師。
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