加藤元章 × 生野実穂

≪G.エネスコ≫の世界への挑戦

加藤元章 × 生野実穂

≪G.エネスコ≫の世界への挑戦

加藤元章 × 生野実穂

≪G.エネスコ≫の世界への挑戦

エネスコとベルエポックの作曲家たち

加藤:
今回、生野さんにはデュヴェルノワとガンヌ、ペリルーとカミュについて、私はエネスコとディニクについて調べましたが、調べてみてどうでしたか?

生野:
ガンヌに関しては随分色々な記述が出てきて、整理し切れないくらいの内容の情報がありました。ペリルーはニーデルメイエールで子供の頃からフォーレとずっと一緒で親しかったということがわかり、「月の光」の編曲にはそんな関係があったんだなと思いました。
※フォーレの「月の光(歌とピアノ)」はペリルーがヴァイオリン用に編曲しています。

ルイ・ガンヌ

加藤:
ガンヌはいわゆるミュージックホールとかキャバレーとか、そういう系統の仕事をやっていてそれがどんどん増えていくんだよね。そのうち、そういうのを組織することが結構得意になっていく。ある段階で、モンテカルロに新しいオペラ劇場を作る話が出て、その時にオーケストラもつくろうとするんだよね。その立ち上げにガンヌが全て関わっている。この時代のミュージックホール等での活動の記録っていうのは普通のクラシック界の記録よりいっぱい残っているんじゃないかな。例えばミュージックホールのポスターにガンヌの名前が入っているなんてことがあると思います。前回のシャミナードの時に知ったんだけど、シャミナードのコンチェルティーノを吹いてパリ音楽院に入った女性がいるんですが、彼女のインタビューをした記者が記事の中でガンヌの『笛吹ハンス』っていうオペラの一節を引用している。今この曲はほとんど演奏されないので知らなかったんですけど、よくよく調べてみたらその当時は物凄い勢いで流行ったオペラだったっていうことが分かって。一応演奏を聴くことはできました。その詩の一節がどこに入っているのか、一生懸命聴いてみましたよ。
すごく、オペレッタ風の曲で基本的にあんまり深刻な曲じゃなくて、楽しいっていうのが前面に出ている。
今回のフルートの『アンダンテとスケルツォ』も若干そんな感じだよね。後ろの方なんかずっと楽しい状態っていうか。演奏してみて難しいところはありましたか。

生野:
最初のメロディーのところが美しいですけど、表現しづらかったですね…。慣れるまで時間がかかりました。

加藤:
やっぱりオペレッタ風の、moll (短調) だからちょっと暗いけど、まぁそういう意味ではオペレッタ風ではないのかもしれないけど、でもやっぱりストーリーがある感じのメロディーとして処理するといいのかもしれない。【19小節目】に入るとホッとするかな。ポイントは、あの辺りがなるべく、すごく自由に。あの当時のオペレッタの世界の人だから、歌い手がもしこういうところが出てきたら本当に好き勝手に歌うと思うんですよね。だからそういう風に歌うことを前提で書いているんじゃないかな。

生野:
スケルツォはゆっくりしたメロディーのところが、最初はフルートがメロディーを吹いて、それを今度はピアノが引き継ぐところ。ピアノのメロディーに合わせてフルートが動くところは難しかったです。【111小節〜】

加藤:
あれ、けっこう速度が上がってますね、難しいよね。

ピエール・カミュ

生野:
カミュは調べていてもなかなか分からなくて。一応「Bnf」には作曲家としてのカミュの作品は掲載されていましたけど、経歴とか細かいところは出てこなかったです。
※「Bnf」はBibliothèque nationale de Franceフランス国立図書館の略称です。

加藤:
「Bnf」のカミュの作曲家としての作品を一昨年あたりに調べた時には少ししか出てこなかった。最近色んなデータが出てきたんでひょっとしたらもう少し出てくるのかなと。エチュードだったり、それなりに作品は残しているみたい。実はカミュに関しては、以前CDを作った時、1993年かな。そのCDにカミュの曲が入っていて解説を書こうとしたんですが何にも分からなかった。
どこを調べても何にも分からなくて、しょうがないから曲がどういう構成になっているかって解説しか書けなかった。一昨年あたり人に頼まれてもう一度調べてみて、昔はなかったけどインターネットがある状態で今度はなんか出てくるかな、と思ったけれどやっぱり出てこなかった。それじゃあこの人は一体何なんだってことになる。

以前調べたタファネルのクラス、1900年代のフォーレのファンタジー以降のフルート科の卒業試験の成績やなんかを全部自分で調べてみました。その中に「カミュ」って人が毎年出てくるんだよね。4年間続けて試験を受け続けていた。例えばゴーベールみたいにすごく優秀な生徒になると11月に入学試験に受かって、次の年に2回くらい試験があるのかな、最終的に6月くらいの試験に受かるともう卒業試験になっちゃう。それで一発で一等賞ならば完全卒業。ということはフォーレのファンタジー以降優秀であれば卒業試験課題曲一曲吹いて卒業というわけです。4年間連続で試験を受けているってなんなんだってことになって調べると…はっきり言って試験に上手くいっていない人だよね。具体的にいうと1903年に入学して1904年がこのエネスコの『カンタービレとプレスト』が課題に出ていてこの時に賞が取れなかった。でも1903年に入学してすぐ次の年に卒業試験が受けられたってことはそこそこ優秀だったのかな。次の卒業試験がガンヌの『アンダンテとスケルツォ』の年。ガンヌの時に「第二褒賞」を取ってる。その次の年がゴーベールの『ノクチュルヌとアレグロスケルツァンド』なんだけど、この年には賞は無い。で最後にタファネルの『アンダンテパストラールとスケルツェティーノ』の年でやっと「二等賞」で卒業している。もうこれ以上は卒業試験を受ける権利が無くなっている。だから賞はふたつだけど試験は4回も受けている。そんな人は…あんまりいないよね。200年以上続くパリ音楽院のフルート科の歴史の中でもこの人だけじゃないかな。卒業試験の年齢っていうのは調べると分かるので、生野さんが調べた「Bnf」に出ていた作曲家としてのカミュの生年月日と照合してみたらピッタリ合った。ほぼこの人だなと思ったんだけど、調べた中に「ピエール」が出てこない。これが出てこないと確証が持てないなと。ムラマツの社員に色々なデータを持っている人がいて、その人に聞いてみたら「この人はピエールです」って教えてくれて。そっかー、と話していたら今度は色んな事が分かってきて、その中でもきちっとした文章ででてきたものもあって。偶然なんですけど、あるオルガン弾きが「和声をピエール・カミュに習いました」っていう文章がちょっとだけでてきた。それがアミアンの音楽院だということが分かってきた。そこから経歴を探っていったら少しでてきたということです。
でもなかなか…分かりづらかったですね。
どんな顔をしているのかなと思って写真も調べたけど、写真もない。それでやっとのことでたどり着いたのが、ローマ大賞を受けているんだけれど、まあ作曲科に入っていたから。作曲科ではヴィドールの生徒になる。それでローマ大賞を受けた2回目のときがちょうどリリー・ブーランジェっていう女性の作曲家がローマ大賞を取った年で、そこで前回のジレット・ケレール先生の時みたいに最後に並んで写真を撮っているものがあって、見つけた!って思ったんだけど、そこに名前がわからなくて「XXX」ってなっている人が3人いて、多分そのうちのどれかっていうことでした。そのくらい謎ですよね。そんなカミュの曲吹いてどんな感想を持った?

生野:
シャンソンはメロディーが美しくて吹いていてすごく楽しいと思いました。バディヌリの方はリズムがちょっと取りにくいところがあって…。

加藤:
そう。普通だとたぶん題名に「シャンソン」を使わないで「シャン(歌)」を使う。シャンソンっていうので若干その当時のシャンソンをかいたのかなと。「バディヌリ」って要するにふざけたとか楽しいとか。「バディヌリ」って名前の付く曲を他に知ってる?多分聞いたら分かるけど思い出せないかな…。バッハの『管弦楽組曲第2番』の最後の曲が「バディヌリ」。バッハの原譜にも「バディヌリ」って書いてある。大体フランス語で使うんですよね。「バディヌリ」は日本語的にはいつのまにか「バディネリ」になってる。

おそらくバッハの組曲で使っているのは、あの当時としては組曲の構成っていうのは基本的に舞曲なんだけど、別に「バディヌリ」っていう舞曲があるわけではない。だからバディヌリっていう題名を付けることでそこまでの組曲形式っていうのともちょっと違うかたちの締めの一曲みたいな感じで入れてるんじゃないかなと思います。ただカミュの場合のバディヌリは本当に「バディヌリ」なんじゃないかな。若干リズムがスウィングしてるんで、ちょっとジャズっぽいような感じもするよね。真ん中の方は普通に歌う感じで3部形式みたいになってる

やっぱりリズムは取りづらかったかな。

次回エネスコのアナリーゼでリズムについて書く予定だけど…。はじめに「ン・タラ」「ン・タラ」っていうのがあるけど、「ウン・タァラ」「ウン・タァラ」っていうこれはシンコペーションなんだけど、この「ン・タラ」っていう後ろがパタッと切れてるかたち。日本語であんまり相当するような楽語はないんだけとフランス語で「コントルタン」(Contretemps)っていう、後ろが無いっていう感じ。コントルタンの止まってる感じの緊張感を出すのもいい。実際にはリズムの形態としてすごくきちっとしたビートなんだけど「ターラ」ってやらないで、ちょっと後ろ側に寄った「タラッ」ってやらないと本質的な意味でのコントルタンにならないという性質がある。同じようにコントルタンだと時代もスタイルも違うけれどもライネッケのコンチェルトの二楽章のはじめ「タタッ・タ・タタッ・タ・タッ」で止まってるのはコントルタンと同じはたらき。だからゆっくりだとたいして難しくはないんだけど、速いテンポで音楽的にしようとするとそれなりに難しいって感じるかもしれませんね。




■フルート名曲♪研究所 | 第3回 A.Périlhou | P.Camus | Fl. 加藤元章 生野実穂 Pf.野間春美
※YouTubeの概要欄に曲の解説があります。
A.Périlhou : Ballade / A.ペリルー : バラード / 商品ID:9693 / 商品ID:2931
P.Camus : Chanson et Badinerie / P.カミュ : シャンソンとバディヌリ / 商品ID:2101


ジョルジュ・エネスコ

生野:
エネスコが課題曲の年の卒業試験の受験者を調べた時に気になる事があって、「ラオニララオ」?ていう名前がありました。

加藤:
これは私も以前から気になっていました。どう考えてもフランス人じゃない。考えられるのは、この時代から外国人留学生は受け入れていたので、留学生かなと。イタリアやスイス、ベルギー、イギリスからはけっこう来ていた。後でアメリカに渡って活躍した人もたくさんいますよ。留学生だとすると、想像としてはどこら辺だと思う?

生野:
チェコとか…?

加藤:
その辺りの名前じゃないんですよ。多分アフリカだとかそっちの方かなと。それでまたムラマツの詳しい人に頼って聞いてみたら「この人はマダガスカル人です」って。マダガスカルっていったらアフリカ大陸の南の端だよね。一体どうやってきたのかな。マダガスカルは1800年代後半からフランスの植民地になっていたわけだけど、パリ音楽院に入るってことは、そもそもマダガスカルに先生はいたのか、楽器は売っていたのかとか気になるよね…。今回のエネスコはルーマニアからウィーン音楽院、そこからパリ音楽院に入るわけだけど、蒸気機関車を乗り継いでたどり着いたんだろうね。大変だなと思っていたけど、マダガスカルに比べたら…。エネスコの年に「ピュヤンス」っていう人が一等賞で卒業してる。この人はキューバ人だった。だから当時とんでもなく国際的な状態のクラスだったんじゃないかな。

加藤:
さて、本題のエネスコですが、演奏してみてどんな感じでしたか。

生野:
エネスコは凄くいい曲ですけど、全体的にアーティキュレーションとかが弦楽器ぽいなというか、繋がっているところとか、そう思いました。

加藤:
【98小節目】たぶんあの速度であのアーティキュレーションってフルートの曲でほとんどないんじゃないかな。強いていうならベームの『グランドポロネーズ』の一番最初のカデンツァのところとか?にそういうアーティキュレーションを使っているけどもベームでは別に伴奏があるわけじゃないから…。


先ずはアーティキュレーション的にそうなんだけど、書き方自体がフルートの世界ではほとんどない。そこらへんはやっぱりヴァイオリニストだったっていうところがある。エネスコがパリに来てから色んな人の影響を受けるわけだけれども、エネスコがヴァイオリニストとして生涯を通して一番得意な曲っていうのがバッハの『無伴奏ヴァイオリン・ソナタ(パルティータ)』なんだよね。その当時にどのくらい弾いていたのかなっていうと、カゼッラとグロブレーズの先生でもあり、エネスコ自身も個人的に習っていたディエメっていうピアノの先生の存在が大きかったと思います。その先生はチェンバロも弾いていたのでバロックの演奏法っていうのをかなりしっかり教えたんじゃないかな。そこから出てきたものとしてのヴァイオリンの奏法っていうのがあったと思います。恐らく1900年初頭ぐらいでもバロックなんかで2回同じメロディーが出てきたら装飾をしましょうみたいなことを普通にやっていたんじゃないかな。前半のメロディーなんかはそういう傾向がある。実はゴーベールもそうなんだよね。同じメロディーが出てくると楽譜をすっごく細かく見ると必ずアーティキュレーションやなんかが絶対に違っている。これ同じでもいいんじゃない、っていうものあるくらい。エネスコもそんなところはある。あとはPrestoテーマ「レレ♭ミミソソ♯ファファララ♯ドドレレレ〜」恐らくピアノでやっても難しい。ヴァイオリンならまだしもフルートはそう簡単にはいきませんね。あの当時のフルートで下の音のタンギングがそんなにうまくできたのかな。

生野:
低音をはっきり吹きながらタンギングの形がたくさん出てきます。

加藤:
弦楽器にとってはこの形は問題なくできるよね。フルートにとってはちょっと辛い。そう、卒業試験の批評が載っている新聞記事を見たことがあります。この曲が卒業試験の課題曲に2回選ばれていて、2回目の批評に【178小節】のところを、初版のENOCH版には上で吹いてもいいですよ、って書かれていますけど、「今回はオクターヴ下で吹いていました」っていう記事があった。1回目はどうやらタファネルが生徒にオクターヴ上で吹かせていたんでしょうね。この記者は楽譜見ながら聞いていたのかな?でもそのくらい当時のフルートにとって下の音は大変だったということでしょう。楽器の事情は今とは全然違うでしょうね。

生野:
前半は全体的に好きです。

加藤:
確かに全体的にいい曲だよね。前半の最後、カデンツァまではいかないけど考え方としてはバロックの任意の装飾を使っている感じ。それもまたすごくセンスがいい。すごくきれいにまとまっている。形としては同じようなメロディーだけど2回目に出てきた時、途中【27小節】でクロマティック転調して調性が下がるでしょ。すごくいい感じなんだけど実は処理が難しいね。音色と音程がとりづらいね。



G.エネスコ アナリーゼ(次回掲載予定)


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