ムラマツ・フルート・レッスンセンター講師の野崎和宏先生に執筆していただきました。

※この記事は2009年に執筆していただいたものです。

第6回

Marcel MOYSE : 20 Exercices et Etudes

人々から「フルートの神様」と呼ばれ、20世紀を代表するフルーティスト、マルセル・モイーズは、たいへんな「努力の人」でもありました。
モイーズは、彼の師TAFFANEL , GAUBERTから学んだことや、彼自身の演奏経験から得たものを弟子達に伝えるため、あるいは、彼が聴いた偉大な歌手たちの歌唱、ピアノ, ヴァイオリン奏者などの音楽や技術をフルート演奏に取り入れるために、多くの教本を書き残しました。そして、それらは、今もフルートを学ぶ全ての人への ”フルートの神様からの贈り物” となっているのです。
だれもが知っている音の練習「De la Sonorite」、テクニックの日課練習課題「Exercices Journaliers」、音階とアルペッジョの練習「Gammes et Arpeges/480 exercices」, 総合的テクニックの名人芸を追求する「48 Etudes de Virtuosite」、個別にテクニックを学ぶ教本には、「Ecole de l’Articulation (アーティキュレーション)」, 「20 Exercices et Etudes sur les Grandes Liaison (跳躍音形のレガート,トリル,フェルマータなど)」、「Mecanisme et Chromatisme」、 歌い方表現力のための「Tone Development through interpretation」、ピアノやヴァイオリンの奏法からヒントを得るためのCramer, Kreutzer , Czerny ,Chopin , Wieniawskyのエチュードの編曲、フルートのために書かれたエチュードの校訂もDemersseman , Berbiguier , Furstenau , Soussmann , Boehmがあります。また、自らの練習方法を基に書かれた教本は、様々な変奏を考え、作品の音楽と技術を追求しようというスタンスが常に採られており、そのシンプルなものでは、「24 Petites Etudes melodiques avec Variations」、「25 Etudes melodiques avec Variations」、そして、あのBachの無伴奏パルティータのアルマンドを勉強するために50の変奏を作っています。

その中から、今回取り上げるのは、
「20 Exercices et Etudes sur les grandes liaisons , les trilles , les points d’orgue , etc.」 です。

20の練習課題は、以下のように、一定の和声進行をもとに、6種類の音形練習課題がちりばめられています。

★Grandes liaisons(大きな跳躍音形のレガート):No. 1 , 2 , 3 , 11 , 12 , 17 ,18 , 19

3オクターヴの全ての音域に渡って均質で豊かな響きを追求するための練習。

★Trilles(トリル):No. 4 , 8 , 15 , 20

全レガートで練習し、それから各8分音符をタンギングして練習すること。トリルが最大限によくつながっていくために、8分音符は十分短かく、しかもよく歌うこと。

★Points d’orgue(フェルマータ):No. 5 , 14

この課題もレガートでも練習する。

★Octaves et petites notes(短前打音のオクターブ):No. 6 , 16

オクターブは、けっして小器用にやるのではなく、8分音符を十分にテヌートで演奏する必要がある。
それにより、とても美しく演奏する結果を生むのだ。
この練習曲、練習方法だけが、楽曲演奏にあたり、澄んだソノリティを得ることを約束する。すなわち、小音符(前打音)をピアノで,軽やかに,明瞭なアタックで演奏し、8分音符は美しいメロディを歌う時のように保ちながら練習する。

★Gammes chromatiques(半音階):No. 7

ピアノとフォルテ、2拍子と3拍子によるダブルとトリプル・タンギングで練習すること。

★Sons graves(低音):No. 9 , 10 ,

指示された音を、フォルティッシモで、シングルとダブル・タンギングで練習すること。

番号が項目ごとにかたまっていないのは、「480 Exercices, Gammes et Arpeges」の練習順番表のアドヴァイスと同じ理由で、練習がひとつの問題に固執し過ぎないで、総合的に見渡しながらバランス良く練習を進めるための配慮だと思います。
フルートの全ての音域で均質の良い響きを獲得するために、モイーズは半音移動に始まるDe la Sonoriteの音作りの次の段階の練習として、彼の様々な著書の中にReichertのエチュードなどのパッセージを跳躍音形にして練習するように勧め、ベームのカプリス(op.26 no.13)等のエチュード(譜例1)にも出てきますが、ここでのGandes liaisonsは、その基本的アルペッジョでの訓練として、どんな曲を演奏するにも必要な課題です。Trilesは、Taffanel-Gaubertの日課練習17番のようなトリルと後打音だけを並べたものではなく、モイーズの「私のフルート論」(muramatu刊P.2)などでも触れられているように、タファネルがモーツァルトG-Durコンチェルト、第2楽章のカデンツァに取り入れた(譜例2)ヴァイオリンの重音奏法からヒントを得てフルートに活用した音形に対応するための練習。Points d’orgueは、様々な楽曲のなか、とりわけカデンツァのなかに登場するフェルマータ(譜例3)のための練習。それに、低音域の強化、半音階の柔軟性を加えた内容となっています。
以上のように、この練習曲集「20 Exercices et Etudes」は、「De la Sonorite」やタファネル-ゴーベール , モイーズの日課練習、「480 exercices Gammes et Arpeges」などの基本練習をそれだけで終わらせず、ベーム , ライヒェルト , スッスマンなどの練習曲や実際の楽曲演奏へ繋げていくための優れたエチュードだと思います。

譜例1

ベームのカプリス(op.26No.13)の最初の1行

譜例2

カデンツ部分の下から2行目、58小節Dの音に向けてのトリル部分

譜例3

シャミナーデ:コンチェルティーノのカデンツ(下から5行目後半から下から4行目1行)

<注意>

題材として取り扱っている 「商品ID : 2370」 に関する、注意事項です。

 ・P.30 11番 : 4行目が2行目に印刷されるべき : 音列から明らかで、出版時の間違いと思われる。
 ・P.40 16番 : 3行目が2行目に印刷されるべき : 音列から明らかで、出版時の間違いと思われる。
 ・P.46 18番 : 2行目の最初の小節の最終音はEで印刷されているが、音列から明らかにC#である。

以上、ご注意、ご確認ください。

野崎和宏

桐朋学園大学卒業。林りり子、小出信也の両氏に師事。同大学卒業後、渡欧。C.ラルデ氏に師事。パリ・エコール・ノルマル音楽院ソリストコースを首席で卒業。特別賞を受ける。マリア・カナルス国際コンクールで名誉ディプロム賞を受賞。
1986年帰国。現在、尚美ミュージックカレッジ専門学校講師。ソロ、室内楽の分野で、幅広い演奏活動を行っている。ムラマツ・フルート・レッスンセンター講師。