Flute Masterpiece Research Institute

フルート♪名曲研究所

フルートの名曲レパートリーを演奏するにあたって、知っておくべき基本的な情報と、さらにその先にあるプロの音楽家にしか分からない音楽の秘密を探ります。案内役は、ソリストとして国際的に活躍、フルートについてのあらゆることを日々研究されているフルーティストの加藤元章氏、そして次世代を担うフルーティストが共に考えます。第1回は生野実穂さんと今年没後100年を迎えるフォーレについてお届けします。


はじめに

フランス近代レパートリーの魅力

なんといっても流れるようなしなやかなメロディーラインと、きらめくように美しいハーモニーが魅力。メロディーはその根源には後期ロマン派的、あるいはオペラの「歌」の美しさを持っています。フォーレの旋法性、ドビュッシーの全音階や5音音階といったエキゾチックな雰囲気からジョリヴェの倍音列を利用した原始主義、さらに極論すればブーレーズの12音セリーの音列でもメロディーラインの美しさが感じられるのです。そこには洗練された感性があります。ハーモニーは、ある時は水彩画のように淡く、木漏れ日のように優しく、地中海の水面の反射のように煌めく色彩感を持つ。リズムに関しても早くからジャズや民族音楽的な要素を取り込んで、ワクワクするリズム感にあふれる曲が多く生まれたのです。

フルートとフランス

近代のフルートの名曲が生まれた背景にはパリ音楽院卒業試験課題曲として1898年のフォーレのファンタジー以来、その時代を代表する新進気鋭の作曲家たちが曲を書いてきた経緯があります。第二次世界大戦後では、私の師匠であるジャン=ピエール・ランパルの存在が大きかった。ランパルのために書かれ世界中に広がった曲はたくさんあります。1900年頃からパリではすでにソリストとして活動していた人がいたのですが国際的に活動範囲を広げたのはランパルでした。例えば1900年頃のパリ音楽院では、毎年の入学者は3人ほどでクラスは1クラス定員が10~12名まで(外国人も含む)。当時どれくらいの受験者だったのかは不明ですがガストン・クリュネル時代に受験者、特にヨーロッパ各国からの受験者が増え、ランパルが教授になるとさらに一気に増え、アラン・マリオンのクラスが出来て2クラス体制になった私の受験時は入学可能な空席がフランス人8席、外国人4席に対して受験者数198名まで増えていました。内150人位がフランス人なので、フルーティストを目指していたフランス人が強烈に多かったことになります。このあたりはやはりランパルの国際的な活躍が影響したのでしょうが、そうなるとコンサートも増え、作品も魅力的な新しい曲が多く生まれ、どんどん紹介され、演奏の難易度も上がっていくのですが、その魅力的な新しい曲のためにフルーティストたちは、勝手に努力して勝手に演奏能力を上げていく、それでさらに難易度が上がる。そしてさらに魅力的な曲が生まれていったのです。

1800年代パリの音楽の中心はオペラでした。スター歌手たちは次第にサロンでのコンサートに出るようになり、ピアノ伴奏だけよりはと、フルートを伴奏に加え始める。オペラでフルートが絡むようなアリア、ドニゼッティのランメルモールのルチア狂乱の場等。そこに登場し始めるのがタファネル、そしてせっかくだからと色々な楽器が参加するようになってサロンでのコンサートは盛り上がりを見せます。タファネルはヴィドールとの共演が多く、ヴィドールの組曲はかなりの回数2人で演奏している。そしてタファネルがパリ音楽院教授になり、管楽器は、全て新曲で試験と言うシステムが出来た時に「それ」は始まったのです。パリ音楽院だけのものだったはずの新曲たちが瞬く間に世界中、特にアメリカで広がっていく。これは、パリ音楽院出身者が何人もアメリカのオーケストラに入団していたことにもよります。色々な事情で新曲を使わない試験もあったのですが、このシステムで生まれた曲は20世紀だけで100曲にはなる。当然もっと大規模な曲、ソナタ、コンチェルト、室内楽曲も同じように生まれていった。フランスでソナタ、コンチェルト含めて多分200曲ぐらいは生まれているので、現在でも吹き続けられている曲というのは大名曲なのだと思います。

フルートレパートリーの未来

1990年頃になると当時の現代曲の世界にピエール=イヴ・アルトーという現代奏法に圧倒的な能力を持つとんでもないフルーティストが現れます。この人の存在で楽譜は何が書いてあるのか分からないような複雑化したものが増えましたが、これが2000年を超えたあたりで少し普通の見栄えの楽譜に戻る傾向になっています。2000年以降の作品でも注目すべき曲はいくつもありますが、それらが名曲なのかどうかは、この先20年くらいしないと分からないでしょう。 時間と演奏家と聴衆によって淘汰されるのを待たなければなりません。最近は後期ロマン派から近代にかけての作品で、再評価され、演奏される曲も出て来ました。いずれにしろ若いフルーティストの皆さんには、同じ時代の世界的に評価を受けている作曲家の作品を少しでもやってみていただきたい。それがこれからのフルートの未来を作っていくのです。



加藤 元章

桐朋学園を経てパリ国立高等音楽院入学、同音楽院を一等賞で卒業。ブダペスト、プラハの春国際コンクール入賞、アンコーナ、マリア・カナルス、ランパル国際コンクールで2位、マディラ国際フルートコンクール優勝。以来国際的に活躍。2001年、日本人フルーティストとして初めてウィーン楽友協会ブラームス・ザールでのリサイタルを行う。CDは”プレミアム・セレクション”と”アート・オブ・エクササイズ”シリーズ等16タイトルをリリース、「現代作品集T”夜は白と黒で”」は文化庁芸術作品賞を受賞。2005年のイサン・ユンのフルート協奏曲の韓国初演は、韓国KBS MediaからDVDがリリースされている。

生野 実穂

桐朋学園大学音楽学部卒業。卒業後、桐朋学園大学研究生として研鑽を重ねる。
在学中、ニース国際音楽アカデミーに参加。
これまでにフルートを加藤元章、自尾彰、神田寛明の各氏に、室内楽を神田寛明、亀井良信、面川倫一の各氏に、ピアノを野澤啓子、小澤英世の各氏に師事。
ヴァンサン・リュカ、ヴィセンス・プラッツ各氏のマスタークラスを修了。

第1回 G.フォーレ(次回掲載予定)