ガブリエル・フォーレ ファンタジー 作品79

アナリーゼと演奏のワンポイント・アドバイス

ガブリエル・フォーレ ファンタジー 作品79

アナリーゼと演奏のワンポイント・アドバイス

アナリーゼに関して

少し聞きなれない言葉が出てくると思います。基本的にはパリ音楽院のアナリーゼクラスに準じた方法で説明します。適切な日本語訳がない場合はフランス語をそのまま使っていきます。今回登場する聞きなれない言葉はペリオド、コマンテール、フュゼー、エリジオンです。

まず楽節の大きさ(規模)とその名称について。フランスのアナリーゼでは最小単位の音のグループをモチーフ(motif)とし、いくつかのモチーフによって構成される区分をペリオド(Période)とする。一つかそれ以上のペリオドによってフレーズ(phrase)が成り立ち、フレーズはテーマ(thème 主部)やコマンテール(commentaire コメント、述部)の役割を担うものとなり、この2つが有る事により提示部(exposition)が確立するという階層関係になっている。

■フルート名曲♪研究所 | 第1回 Gabriel Fauré-2 Fantaisie Op.79|Romance Op.28|Fl. 加藤元章 生野実穂 Pf.野間春美
※YouTubeの概要欄に曲の解説があります。
・Fantaisie Op.79/ファンタジー作品79/ 商品ID:2192
・Romance Op.28/ロマンス作品28/ 商品ID:37699(こちらの楽譜はヴァイオリンとピアノ用です)


フォーレの作曲上の特徴

形式

フォーレは様々な形式の曲を書いているが、特徴的に使われている形式要素としてセクエンツィア形式が挙げられる。

楽曲の形式は2部形式、3部形式、リート形式、ロンド形式、ソナタ形式等に分類するのが一般だが、これらは後期バロックから古典派の時代に確立された形式で普通この範囲で論じればよいが、フォーレの楽曲の場合、もっと古いグレゴリオ聖歌に由来する形式を考える事が必要。理由はフォーレの育ったニーデルメイエールでの教育の基礎がグレゴリオ聖歌や、ラッソの宗教曲だったため。グレゴリオ聖歌に見られる形式としてはヴォカリーズ形式や、セクエンツィア形式、キリエ形式がある。このうちヴォカリーズは、歌曲にみられるもの。セクエンツィア形式(Forme Séquence)は、各モチーフが続けて2回繰り返される。例えばモチーフがA、B、Cの3種類ならば、AA、BB、CC、また時にはAB、BA、CD、DCと繰り返される。キリエ形式(Forme Kyrie)はアナリーゼではABA、CDC、EFの構成と考える。本来はAAA、BBB、AAAやAAA、BBB、CCC、といったように3回繰り返される事が特徴。

セクエンツィア形式は、旋法性のあるフレーズと共に現れる事が多く、フランスロマン派から近代にかけてのオルガン奏者である作曲家(つまり常に賛美歌に接していた作曲家)にほぼ絶対的に見られる。サンサーンス、ヴィドール、フランク、フォーレそしてメシアンが該当する。


和声

特徴的な部分を大まかに説明する。

この時代の和声では7の和音は不協和音だが、フォーレは本能的に協和音と考えている。より複雑な響きを求める場合でも「和音は3度音程の積み重ね」という概念を持っていたと思われ、7の和音にさらに3度音程を積み重ねて9、11(ド、ミ、ソ、シ、レ、ファ)の和音を頻繁に使っている。11の和音の響きはかなり特徴的であり、フォーレは不安感や苦悩の表現に使っている感じがある。メロディー等で明らかに強く和音とぶつかる音は、転調要素より対位法的に動いていく過程での一時的な調性外音か アポジャトゥーラ(Appoggiature 倚音)の場合が多い。このあたりはバッハの対位法同様の傾向。演奏した時に転調感の美しさや魅力は随所で感じられるのだが、和声的には転調していないと考えた方が良い場合も多い。


メロディー

基本的なメロディーラインは順次進行(つまり音階)の傾向が強いが、音列は旋法であることが多い。

フォーレが好む旋法に、Mode de Mi(ミの旋法、フリギア旋法)がある。これをe-mollに近いものと考えると、特にe-mollの旋律的短音階の第2音であるFisが、ミの旋法では、Fなのでe-mollのIIが半音下がった形に他ならない。このFはe-mollとE-dur のナポリの6度の基音という事になり(IIとIVの性格)転調がスムーズに行える。ドビュッシーの場合も転調にナポリの6度を使う事は多いが、フォーレは下方変質した音階のIIではなくメロディーに使っている旋法の固有音から(この場合は導音)転調するという事になる。


リズム

メロディーが長く、時として次のフレーズにつながっていくこともあり、それに寄り添うように伴奏形が一定の形で長く持続する事がある。この場合伴奏形のリズムの最小単位は単純で、変化せずに続くことが多い。これはほぼメシアンのリズム・ペダル(pédale rythmique 一定のリズムパターンがまるで保続音のように続く状態)と同じである。



曲の分析

≪Gabriel Fauré 作曲 フルートとピアノのためのFantaisie Op.79≫

曲の基本的な構成は卒業試験の趣旨に従ったもので、ダイナミクスの面ではピアノをやや控えめなバランスに指示してある。フォーレのファンタジーの、表情をたっぷり聞かせる前半と、テクニックを披露する後半というスタイルは、この後のパリ音楽院の課題曲のスタイルに大きな影響を与える事になる。

今回は曲の全体構造を中心に分析してみる。



①Andantino /e-moll 8分の6拍子

形式

フレーズの構成としてはセクエンツィア形式、セクエンツィアの集合によるリート形式

まず大きく1.提示部、2.中間部、3.再現部、コーダに分かれる。1.提示部は18小節の1拍目までで、フレーズAとフレーズBから成る。フレーズAは2回繰り返し、少し変化して(A+)2回繰り返す。この合計4回のフレーズAは、エリジオン(élision 省略された連結の意味、最初のフレーズの終わりが次のフレーズの最初を兼ねる)してつながって大きなフレーズを描く(先行楽節)。続くフレーズBは、先行楽節に対するコマンテール(commentaire 応答として話を添えるような存在)で、これも2回繰り返しで、セクエンツィア形式になっている。2.中間部はフレーズCの、また2回繰り返しだが、フレーズA、Bに比べるとやや小規模で、性格的にコントラストを強く主張するわけではない。一応ドミナントに向かって上行するので、この事からAndantinoは、三部形式と言うよりはリート形式である。中間部のフレーズCの上行は最後にe-mollに転調して定型通り(短いが)ドミナントの維持が起こる。再現部でフレーズAのhの伸ばしにつながりドミナントを強く確定しながら先へ進む。

再現部でもセクエンツィア形式で、コマンテール後半(フレーズB、2回目)はバロックにおける任意の変奏の様に変化、さらにコーダで任意の変奏はついに短いカデンツァとなって曲を終える。メロディーはフルートによって演奏され、ピアノの伴奏はほぼオスティナートとして存在する。伴奏はペダルを使った残響の中で進むが、リズムとしては短い音符が拍の前方に寄ったリズムで、そのまま最後まで続くので、Andantinoのピアノの伴奏は、リズム・ペダル(和声でのペダル同様にずっと上声部を支えて続く)であり、徹底した一貫性を貫く。その中で強拍にあるバスは、通奏低音のような存在であり、フルートと対位法的に絡み合いながら和声進行を導く。



②Allegro / C-dur 4分の2拍子

形式

各テーマがセクエンツィア形式で繰り返される構成のロンド形式

まず属7とII7の和音による小さいモチーフがセクエンツィア形式をとりながら拡大化するイントロダクションで始まり、即興的なフルートのフレーズ(オクターブによってドミナントgを強く主張して、それに16分音符の速い音形が続く)が現れる。これはイントロダクションのコマンテールとも取れるが同時にその先のテーマのモチーフにもなっている。この速度の速い音階の動きをアナリーゼではフュゼー(Fusée)と言い、アルペジオになっている場合や一音ずつに和音を伴う場合もある。ここではgのオクターブからの一連の動き全体をフュゼーとする。

構成要素のフレーズは以下の通り。



テーマAがルフラン(refrain リフレイン)として同じ調で何度も現れ、その合間にいくつかの挿入楽節クープレ(couplet)相当のペリオドが現れるのでロンド形式だが、フレーズ構成としてはここでもセクエンツィア形式となっている。



アーティキュレーションの特徴と演奏のワンポイントアドヴァイス

この曲に使われているアーティキュレーションには、極めてヴァイオリン的な部分が幾つかある。

例えばフォーレのヴァイオリン・ソナタに見られるアーティキュレーションは、ボウイング(弓の動かし方)と弦の関係に沿ったもので、ボウイングの速い上下動(動作を反対方向に切り返す)パターンでは、フルートの奏法よりアタックがきつくなる。フォーレにはそんなイメージがあったのではないか。またAndantinoのフレーズAでスラーの中の音符にスタカートが付いているもの、フランスでlouré(日本ではメゾ・スタカート?)に関するこの時代の常識はフルートと弦楽器ではやや違っている。フルートの世界では、クヴァンツでは発音がdi、di、di、アルテスでdu、du、du、の説明があるが、タンギングの一つの種類の説明にしかなっていない。弦楽器の場合アーティキュレーションはボウイングによるので弓の一つのストロークで弾く、弾かない、前後の音形との兼ね合いでアップ・ボウイング、ダウン・ボウイングの暗示も含まれている。そうするとフレーズAの部分は「ポルタート」と呼ばれる1ストロークのボウイングの中で複数の音を切る動作を暗示していると考えられる。

フルートの世界では、この時代まででlouréを書いているのは、タファネルとドップラー、古ければクヴァンツくらいのもので、どちらも同じ音程が続く部分でduの発音の解釈で良い部分がほとんど(フルーティストだったため)。クーラウでは音階にも使われているがこちらはポルタートと見た方が良い(フルーティストではない)。フォーレがボウイングの事をイメージしてこのアーティキュレーションを書いたとしても、アルテス教則本1880年の刊行から間もない時期にdu、du、du、以上のイメージを持って演奏されたとは思えない。だがそんな演奏をフォーレが望んでいたとは私には思えない。ここは、演奏する人それぞれが色々な想いを込めて表情たっぷりに演奏して欲しい。単なるアーティキュレーションなどでは決してない!それと前出の様に、初めての試みとしての卒業試験課題曲という事でピアノの音量を控えめに指示してあるがあまり厳密にとらわれなくても良いと考える。ヴァイオリンは1898年も今も楽器は同じだが(100年の経年変化で良くなる可能性は有り)、フルートもピアノも性能の全く違うものになっているのだから。パリ音楽院の近代化大改革を成し遂げたフォーレが1898年当時の音楽をずっと望んでいるはずがないと私は考える。



第2回 C.シャミナード(次回掲載予定)