ムラマツ・フルート・レッスンセンター講師の森岡広志先生に執筆していただきました。

※この記事は2012年に執筆していただいたものです。

第3回

フルート・アンサンブル

みなさんはドビュッシーっていったいどんな人だったんだろうと思われたことはありませんか?私は自分の演奏している作曲家のこと、とっても気になります。というわけで本屋さんや図書館に行ってドビュッシーの本を探すということになります。さすが大作曲家ですからいろいろ出版されていますね。その中で何冊か興味深い本を手に入れました。例えば、これは第二回のシランクスの時にもご紹介しましたが、青柳いづみこさんの本「指先から感じるドビュッシー」の中には、ドビュッシーと当時のオカルティズムの関係やドビュッシーが9回もパリの中で引越ししたこと、そしてその住所とアパートの写真まで載せられていました。それによって私の住んでいたキャルディネ通りに彼も住んでいたことがわかったのです!ご近所さんだったんだ…!こういう話とてもおもしろい!それはさておき、もちろんドビュッシーについて何も知らなくても楽譜があれば演奏することはできるかもしれませんが、ドビュッシーの生きた時代背景やその中で育まれた彼の性格、人間性を知るならドビュッシーを身近に感じて、演奏する曲に対するイマジネーションが沸々と湧いてくるというものです。
私が特に興味深いと思ったのは次の二つの話です。ひとつは1889年、あるジャーナリストがドビュッシーに、「もし音楽家にならなかったらあなたは何になっていたでしょうか」と質問した時の話です。彼の答え、それは「船乗り」。「私は最高の船乗りになるよう決まっていたのですが、成り行きでたまたま思いとどまるようになっただけ…」(「大作曲家の世界6」音楽之友社)。彼は船が好きだったのでしょうか?いいえ、彼は「海」が大好きだったのです。「海の声が聞こえますか。海、これが音楽といえるもののすべてだ」。(「ドビュッシーとピアノ曲」マルグリット・ロン:著/室淳介:訳)。1917年、亡くなる前年の夏、避暑先のフランス、バスク地方サン・ジャン・ド・リュスの海を見ながらのドビュッシーの言葉です。絶えず変化し続ける海、その色彩、その混沌、しかしそれでいて統一のとれた雄大な美しさ、それは予測不可能な驚きと静けさと神秘と光とに満ちたドビュッシーの音楽をよく表しています。海そして水は彼にとって作曲上の重要なテーマでした。 もうひとつは、彼の友人だった作曲家、指揮者ガブリエル・ピエルネの回想。パリ音楽院時代の少年ドビュッシーについてです。「彼はうまいもの好きであり食いしんぼうではなかった。いいものを熱愛したが、沢山あるかどうかはたいして重要なことではなかった。…仲間たちのように食べでのあるお菓子で満足するかわりに、ぜいたくなものをならべたガラスのケースから、かわいらしいサンドウィッチやマカロニ入りの小さなパイを、彼が選んでいる流儀を、私は今でもよく覚えている。…彼はかわいらしいちっちゃなものや、凝った繊細なものに、特別な偏愛を示した」(「ドビュッシー」平島正郎:著)。なるほどね〜、雄大夢幻な海とかわいらしいサンドウィッチにマカロニ入りの小さなパイか…。相反するような、しかし表裏一体のような、どちらもドビュッシーの音楽の中で感じることのできるイメージですね。さあ、またドビュッシーが吹きたくなってきたぞ!

というわけで第一回ピアノ曲 (フルートとピアノ)、第二回シランクス (無伴奏)と続きましたので、今回はフルート・アンサンブルでドビュッシーを吹いてみましょう。ピアノ曲から編曲された楽譜が数々出版されています。まず、ピアノ連弾のために作曲された「小組曲」を二本のフルートとピアノ用に編曲した楽譜。これはパリ・オペラ座のフルート奏者クロード・ルフェーヴルさんのご主人で作曲家のパスカル・プルーストさんが2008年の第三回フランスフルートコンベンションで発表するために編曲したものです。ドビュッシーの「かわいらしい凝った繊細なもの」好きの面がよく表されている曲だと思います。フルート四重奏に編曲された「夢想」は言ってみれば「海の静けさ」という感じでしょうか。フルート四本の豊かで淡い色合いのソノリテが素敵に水面に映えるでしょう。「二つのアラベスク」もフルート四重奏になっています。同じ程度の力量の四人が揃うといいですね。コンサートでビシッと決めたいなら The Flute Quartet コレクションの中から先程の「小組曲」、そして「ベルガマスク組曲」「子供の領分」はいかがでしょう。アルト・フルートや、バス・フルートも出てきて演奏効果抜群ですね。最後にフルート・オーケストラ用の「Fêtes」。これは管弦楽組曲「ノクチュルヌ」の中の一曲です。祭りの激しさと終わったあとの静けさが見事に表現されています。
ドビュッシーは人づきあいが悪く性格もあまりよろしくなかったと言われています。しかし、ドビュッシーの友人達はそんな子供っぽい彼を愛していました。みなさんも、海が好きでかわいらしいちっちゃなものや凝った美しいものが大好きなドビュッシーにフルート・アンサンブルを通して出会って、友達になってください。

森岡広志


桐朋学園大学に入学。林リリ子、小出信也の両氏に師事。1976年渡仏。ヴェルサイユ国立音楽院に入学し、J.カスタニエ氏に師事。1979年同院を金賞で卒業。1981年パリ・エコ−ル・ノルマル音楽院に入学。C.ラルデ氏に師事。1983年演奏家資格を得て卒業。この間、サンマキシマン音楽祭、サンポ−ルドヴァンス音楽祭、他フランス各地で演奏会を行った。1987年よりメゾンラフィット音楽院教授を勤め、1988年に帰国。ムラマツ・フルート・レッスンセンター講師。