ムラマツ・フルート・レッスンセンター講師の野崎和宏先生に執筆していただきました。

※この記事は2009年に執筆していただいたものです。

第4回

Paul TAFFANEL : Sicilienne - Etude op.7

今回ご紹介するのは、2人のドンジョン作の「8つのサロン・エチュード」です。
1番から6番までは、Johannes DONJONの作、7、8番の2曲は、Francois DONJONの作品です。
Francois DONJONは、Johannesの父親だと言われていますが、フランスのリヨン歌劇場で首席フルート奏者と首席オーボエ奏者を兼任していた事以外あまり詳しい資料がありません。パリ国立図書館蔵のGirod社から出版された初版を見ると、7番Le Folletには1830年作(Johannesの生まれる9年前)の記述があり、Amadeus版の解説によると、Johannes作の6曲を含めて世に出たのが1890年頃(Johannesがパリオペラ座を引退した年)ということなので、Francoisの2曲とJohannesの6曲の作曲された年には、60年近くの隔たりがあるようです。
Johannes DONJONの方は、MOZARTのD-Durコンチェルトの有名なカデンツァを書いた人として知られています。1839年8月5日リヨンに生まれ、パリ音楽院ではTULOUに師事し、1856年にプリミエプリを得て卒業。その後、パリオペラ座管弦楽団、パリ音楽院管弦楽団、パドルー管弦楽団で活躍し、フルートのための小品を中心にかなりの曲数の作曲もしました。
パリオペラ座管弦楽団には、1866年に3番フルート奏者として入団、その時の首席が、DORUSの後を受けたALTES、2番奏者がTAFFANELというそうそうたる顔ぶれ、その数年後ALTESがリタイアすると、1869年10月からTAFFANELが首席に、J.DONJONが2番に昇格、新たな3番奏者として、Edouard LAFLEURANCEが入団しました。ついでながら、そのDONJONが1890年にリタイアし、翌年入団したのがAdolphe HENNEBAIN、その後もGAUBERT、MOYSE、RAMPAL(2nd Fl.)・・・とビックネームが続いていくのですから、フレンチスクールの層の厚さに驚かされます。
Johannes DONJONは、長年オーケストラの同僚として共に演奏したTAFFANELと友人としてとても親しく付き合いWALKIERらを含めて4重奏を楽しみました。DONJONは自作のFl.とPf.のための小品『夢』をTAFFANELに、TAFFANELは『オペラJean de Nivilによるファンタジー』をDONJONにそれぞれ捧げました。
Johannes DONJONの生まれた年、1839年にパリ音楽院では、Theobald BOEHMの新しいシステムの楽器を採用するかどうかをめぐって大議論されましたが、その際にBOEHM式に大反対し、自身の旧式の楽器を貫いたのが、のちにJohannesの師となるTULOUでした。Johannesは、TULOUの生徒でありながら、音楽院を卒業後はBOEHM式を選択し、ルイ・ロット製No.339 , No.541 , No.342(Piccolo)の楽器を愛用しました。

それでは、その「サロン・エチュード」を見てみましょう。
8曲のすべてに題名がつけられ、1番「エレジー」と、2番「セレナード」には、フランスロマン派の詩人の短い詩、また、1番と3番の脚注には、DONJONによる演奏上のアドバイスも添えられています。
  • No.1 Elegie / エレジー

    【詩】
    黄昏の空中を
    最後の木の葉が
    わだちへと舞い落ちていく
    私の幸せも同じように!

    リシュパン


  • 【脚注】
    >記号は、ことさらに強くという意ではなく、
    その音を少しだけ保持し、
    悲しげな表情で、趣味良く、大袈裟でなく歌う。
  • No.2 Serenade / セレナード

    【詩】
    君が身を乗り出しているバルコニーへ
    僕は昇って行きたい・・・無駄なこと
    そこは高すぎる,そして君の白い手は
    さし伸ばした僕の腕に届きはしない

    ゴーティエ

  • No.3 Chant du Vent / 風の歌

    【脚注】
    メロディーの音を保持して
  • No.4 Volubile / おしゃべり

  • No.5 Gigue / ジーグ

  • No.6 Pasquinade / 皮肉 / ジーグ

  • No.7 Le Follet / いたずら好きな妖精

  • No.8 Le Tambour / 太鼓

フルートの初心者や中級の方々が発表会で良く演奏され、DONJONが他のピアノ伴奏付き小品などでも得意としているサロン風の曲想を楽しみながら、速い指の動き(No.1,3,4,等)、しなやかな音の跳躍(No.2,5,6)、ダブルタンギング(No.7,8)などを練習出来て、そのままアンコール曲としても使える珠玉の練習曲集です。
なお、ここでご紹介するAmadeus版は、オリジナルのGirodの版と見比べると、ほぼ忠実に再現されており、おまけに父親Francoisの5曲のCapricesも付いています。
Johannesは、他に2曲のコンサート・エチュード(「つむじ風」,「蝶々」)も作曲していますが、長く絶版となっていますので、その再版も待たれるところです。

野崎和宏

桐朋学園大学卒業。林りり子、小出信也の両氏に師事。同大学卒業後、渡欧。C.ラルデ氏に師事。パリ・エコール・ノルマル音楽院ソリストコースを首席で卒業。特別賞を受ける。マリア・カナルス国際コンクールで名誉ディプロム賞を受賞。
1986年帰国。現在、尚美ミュージックカレッジ専門学校講師。ソロ、室内楽の分野で、幅広い演奏活動を行っている。ムラマツ・フルート・レッスンセンター講師。