W.A.モーツァルト/歌曲≪すみれ K.476≫
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モーツァルトが、ハイドンの≪太陽四重奏曲 作品20≫の6曲から学んだことの一つに、4小節+4小節の規則的なフレーズの回避があります。たとえば、有名な歌曲≪すみれ K.476≫の冒頭は、8小節ではなく1小節短い7小節です。このほか、ピアノ・ソナタ K.283やK.284の第1楽章などにも、このような不規則性が見られます。
また、誰でも知っている≪ピアノ・ソナタ ハ長調 K.545≫の第1楽章のテーマ「ドーミソシードレド」は、主調のハ長調では1度しか現れません。本来であれば、再現部でもう一度主調のハ長調で現れるはずですが、再現部ではなんと下属調のへ長調です。テーマ自体が、たったの2度しか現れないこと自体異例なのですが、その1度しか出てこないハ長調のテーマを、皆が知っていることが、モーツァルトのすごい!ところです。
フルート作品で、セオリー通りでない例も挙げてみましょう。
≪フルート協奏曲 第2番 ニ長調 K.314≫の第1楽章で、本来ならば独奏楽器であるフルートは、オーケストラで冒頭に演奏される第1主題を、あらためて高らかに演奏するのが協奏曲のお決まりですが、フルートは全曲に渡って1度もこの第1主題を独奏することがありません。F.リストの≪ピアノ協奏曲第1番 変ホ長調≫やM.ラヴェルの≪ピアノ協奏曲 ト長調≫など、ロマン派以降のピアノ協奏曲には独奏楽器が第1主題を演奏しない作品もありますが、古典派の協奏曲で、しかも単旋律楽器が第1主題を演奏しないのは、極めて異例です。
ヘンリック・ヴィーゼ氏と
さらに、「モーツァルトらしさ」を探しながら、フルートが独奏楽器となっている、フルート協奏曲やフルート四重奏曲を見ていきたいのですが、厄介なことに、一言にモーツァルトのフルート作品といっても、これまでの定説は覆ってきています。
私たちフルート奏者のもっとも重要なレパートリーである、2曲のフルート協奏曲(ト長調 K.313、ニ長調 K.314)と3曲のフルート四重奏曲(ニ長調 K.285、ト長調 K.285a、ハ長調 K.285b)は、長い間、裕福なアマチュアフルート奏者フェルディナンド・ドゥジャン(1731〜97)より1777年に頼まれて、1778年までの間に作曲された、という説が一般的でした。しかし、バイエルン放送交響楽団のヘンリック・ヴィーゼ氏(写真)や様々な音楽学者などが、この説に異を唱えていて、ついに、確実にこの間に作曲されたのは、≪フルート四重奏曲 ニ長調 K.285≫と≪フルートとオーケストラのためのアンダンテ ハ長調 K.315≫の2曲だけ、という説が有力となっています。さらに、フルート四重奏曲のト長調 K.285aとハ長調 K.285bの2曲は、モーツァルトの真作でないという説もありますが、真偽のほどはわかっていません。
このような、真贋問題や作曲年にまつわる問題が起こる大きな原因のひとつは、この2曲のフルート四重奏曲と2曲のフルート協奏曲には、真作であることを裏付ける自筆譜が残されていないことです。
竹澤 栄祐
東京芸術大学音楽学部器楽科フルート専攻を経て、同大学院修士課程修了。さらに博士後期課程に進み、「J.S.バッハの作品におけるフルートの用法と真純問題をめぐって」についての研究と演奏で管楽器専攻としては日本で初めて博士号を授与される。
過去9回、銀座・王子ホールにてリサイタルを開催。
アジア・フルート連盟東京の会報では、創刊号から10年以上「J.S.バッハのフルート」を連載中。ソウル大学や上海音楽学院などで講演を行っている。
これまでにフルートを北嶋則宏、播博、細川順三、金昌国、P.マイゼン、室内楽を山本正治、中川良平、故岡山潔、音楽学を角倉一朗の各氏に師事。
現在、アジア・フルート連盟東京常任理事、東京芸術大学非常勤講師、埼玉大学教育学部芸術講座音楽分野教授。