Virtuoso

ヴィルトゥオーゾの世界へようこそ
≪後編≫

Virtuoso

ヴィルトゥオーゾの世界へようこそ
≪後編≫

Virtuoso

ヴィルトゥオーゾの世界へようこそ
≪後編≫


歴史的ヒット作カルメン そしていよいよオペラ・ファンタジー

オペラそのものは政治的な背景や世界情勢、その時代ごとの嗜好性などによってその評価は大きく変化し、上演の難易度や集客力によって上演回数も変動してきた。現在ほとんど見る事のないオペラもあって、そういった忘れ去られてしまったオペラを題材にしたフルート作品もある。一方、初演当時ほぼ失敗作とされながら、その後現在に至るまで演奏され続けるオペラもある。その代表がビゼーのカルメンであり、そこから生まれたソロの名曲がフルートの世界ではボルヌのカルメン・ファンタジー、ヴァイオリンの世界ではサラサーテのカルメン・ファンタジー、ピアノの世界ではホロヴィッツのカルメン変奏曲だろう。

オペラ・カルメンはプロスペル・メリメの小説を元にアンリ・メイヤックとリュドヴィック・アレヴィが台本を書き、ジョルジュ・ビゼーが作曲した4幕のオペラ。この時代フランスでは大規模なオペラをグラン・オペラ(Grand Opéra グラン・トペラ)と呼び、4幕構成でバレエのシーンを含み、どちらかというとシリアスな内容、舞台装置は大掛かりで絢爛豪華、音楽の最大の特徴として曲と曲のつなぎはレチタティーヴォ、つまりメロディーによってつなぐというもの。これに対しオペラコミックと呼ばれる、幕数が3幕ぐらいまでで何かのストーリー(恋愛、悲劇、事件、コミカルな内容)を扱い、音楽のつくりとしてレチタティーヴォで曲をつなぐのではなくセリフ、語り(ストーリーの展開を言葉で説明するような感じ)で曲をつなぎ、バレエは無しというものがグラン・オペラと分けて上演されていた。さらにオペラコミックでは物語の結末がハッピーエンドであることが義務付けられてもいた。みんなで楽しく歌い踊るロンドで締めくくる設定だ。グラン・オペラはオペラ座(旧オペラ・ル・ペルティエから現パレ・ガルニエ)で、オペラコミックはオペラコミーク劇場(現オペラコミーク、サル・ファヴァールSalle Favart)で上演されていた。劇場のサイズ、関わる出演者、スタッフの人数も違う。カルメンは1875年3月3日オペラコミークで初演されたが不評だった。1875年頃と言えばビゼーがシャミナードのパリ音楽院への入学を働きかけていた頃だ。この不評にビゼーは心を痛めていた。一方で曲のつなぎをレチタティーヴォとしてグラン・オペラとする話とウィーン歌劇場での上演の話も持ち上がるが、3カ月後の6月4日にビゼーは心臓発作で急死する。オペラ・カルメンはビゼー死後のウィーン公演で好評を博し、さらにブリュッセルでの公演ではアメリカ人歌手ミニー・ハウク(Amalia Mignon Hauck)の名演で大成功を収め、以後フランスを代表するオペラ作品として現在まで世界中で上演され続けている。

  • 《パリ・オペラ座(ガルニエ宮)》

  • 《パリ・オペラコミーク(サル・ファヴァール)》



ふたつのカルメン・ファンタジー

さてオペラ・カルメン直後にカルメン・ファンタジーを書いたフルーティスト、フランソワ・ボルヌとヴァイオリニスト、パブロ・デ・サラサーテだが、ボルヌのカルメン・ファンタジーは、1880年にÉditions Choudens(エディシオン・シュダン)から出版された。今回調査したところ、新聞上での記録では1880年3月15日(おそらく初演)、4月25日、12月29日、1881年2月13日と立て続けにボルヌ自身によって演奏されている。サラサーテのカルメン・ファンタジーは1881年に作曲され同年4月17日にマドリードで初演されていて、サラサーテのカルメン・ファンタジーも同じくÉditions Choudensから1882年に出版されている。

この2曲の原題は

ボルヌ   Carmen Fantaisie brillante pour flûte et Piano
サラサーテ Carmen Fantaisie de Concert pour Violon et Piano



パブロ・デ・サラサーテ

パブロ・デ・サラサーテ(Pablo de Sarasate 1844-1908)は、いわばパガニーニの次の世代のヴァイオリンのヴィルトゥオーゾとして世界を巡り、そのコンサート用の曲としてツィゴイネルワイゼンやカルメン・ファンタジーを書いた。スペインのパンプローナで生まれ、幼少期はマドリード音楽院で学び1856年にパリ音楽院に入学、1857年にヴァイオリンとソルフェージュで一等賞、1859年には和声で一等賞を得てヨーロッパ全土のコンサートツアーを開始する。サラサーテもフォーレ、タファネル、ヴィドール、さらにボルヌも同世代で、特にタファネルに関してはサラサーテと誕生年も死亡年も同じ、タファネルは1860年にフルートで一等賞、1862年に和声で一等賞。同じ時期に同じようにパリ音楽院で学んでいる。サラサーテはカゼルラやグロブレーズのピアノの師であるルイ・ディエメとは和声のクラスで一緒に学び、ディエメがツアーでのピアニストを担当するようになる。このあたり、エネスコの回で書いた1900年以後ベルエポック時代のエネスコ、ゴーベール、グロブレーズ、カゼルラの関係と似ている。というより彼らの師匠たちの時代にそんなことがすでに起きていたという事だ。そしてカルメン・ファンタジーはエネスコがウィーン音楽院でヴァイオリンを師事したヨゼフ・ヘルメスベルガーに捧げられている。サラサーテはパガニーニ同様オペラのテーマを使った小品やファンタジーを数多く書いている。パガニーニのパリ公演のころはロッシーニがイタリア座の音楽監督をしていたが、辞めてボローニャに戻り、再びパリに戻って余生を過ごす。晩年にはロッシーニ宅で毎週土曜日に「音楽の夜会」が開かれるようになり、若いサラサーテも度々招かれていた。ロッシーニへのオマージュというセビリアの理髪師をテーマとする作品はディエメの協力で書いたもの。ボレロOp.30はエネスコの師でシャミナードのデビューをお膳立てしたヴァイオリニスト、マルシックに捧げられている。

  • 1896年6月2日サル・プレイエルにて(リトグラフ
    指揮はタファネル、ヴァイオリンはサラサーテ、
    ピアノはサン=サーンス。


  • 《パブロ・デ・サラサーテ》



  • 作品名/編成 Carmen Fantasie/Vn.Pf
    作曲年 1881
    出版社/出版年 Éditions Choudens/1882


フランソワ・ボルヌ

フランソワ・ボルヌ(François Borne 1840-1920)はフランスの南西部、スペインと地中海に近い内陸の都市トゥールーズの出身で、トゥールーズ音楽院の教授であり、カルメン・ファンタジーを書いた。1880年からは設立されたばかりのトゥールーズ・キャピトル劇場(Théâtre du Capitole de Toulouse)の首席フルート奏者も務めた。当時のトゥールーズ音楽院は、パリ音楽院の支部のような形をとっていたようだ。パリ音楽院との連携という意味でフォーレのファンタジー以後は1年遅れでパリ音楽院の卒業試験課題曲をトゥールーズでも卒業試験課題曲として使っていた記録がある。ボルヌが活動したのはトゥールーズだけのようだが、1880年にカルメン・ファンタジーを書き、演奏し始めたところからソリストとしての活動が急激に増え、カルメン・ファンタジーだけでなくタファネル作曲のミニヨン・ファンタジーも5月11日と11月15日に演奏している。


  • 《フランソワ・ボルヌ》



  • 作品名/編成 Carmen Fantasie/Fl.Pf
    作曲年 1880
    出版社/出版年 Éditions Choudens/1880


フランソワ・ボルヌとボルヌ=ジュリオ・システム

タファネルとボルヌは親交があり、ボルヌのバラードと妖精の踊り(Ballade et Danse des Lutins)はタファネルに捧げられている。そしてボルヌとタファネルはベーム式フルートの改良にかかわっており、ジャルマ・ジュリオ(Djalma Julliot)というフルート製作者と共同でベーム式フルートの様々な改良を行っていた。以前1900年のパリ万博を調べていてこの製作者の存在を見つけたのだが、この頃になるとゴーベールもジャルマ・ジュリオに協力している。サル・プレイエルを会場として、アルトフルート、バスフルート、フルートダモーレ(普通のフルートとアルトの中間的なものでキーはAsかAかB)、ピッコロ、普通のフルート、の展示会の知らせが当時の新聞上にあり、ここではゴーベールがデモンストレーション演奏している。例えばアルトフルートは1854年にベームが試作したのが始まりだ。私はバスフルートが生まれたのはもっと後だと思っていたが1900年には在ったという事だ。タファネルのアドバイスによりボルヌが改良にかかわった、ボルヌ=ジュリオ・システム(1889-1890)というものがある。これをベースに幾つかの改良点を加えて1895年と1901年にフランスで特許を取得、さらに改造されたシステムで1906年アメリカにて特許申請し、1908年に特許を取得している。1908年のアメリカ特許取得の図面が入手できたが初期のボルヌ=ジュリオ・システムよりかなり複雑になっていて7つの項目での特許申請になっている。1890年のボルヌ=ジュリオ・システムのポイントはEメカの発明と3オクターヴ目のG-Aのトリルキーで、Eメカは原理的には現在のものと変わらない。トリルキーは3つあり全て独立して動く。ジャルマ・ジュリオ社は、ラ・クチュール・ブッシーという、フランスの北西部ノルマンディーにある町のメーカーで、ここでは17世紀から管楽器全般の製造業が盛んだった。ルイ・ロットもこの町の出身で、オトテールもここで生まれ育っている。ボルヌ=ジュリオ・システムの見た目の最大の特徴はGisキーの横にもう一つのGisキー(の形のキー)が付いている事。これが時代の経過とともに色々な役割を果たす事になる。ここでフルートにおけるキーの呼び方について説明したいのでこちらを参照してほしい。この「第2Gisキー」は、初期ではEメカで閉じるGisキーを解放させるため、次にトリルキー相当のトーンホールをGis、Aの中間に作ってそれと連動するタイプ、ほかにダブルFis(double Fa♯)と呼ばれるGキーのみを閉じるためにも使われたり、さらに、この第2Gisからシャフトを足部管に延長し足部管のDキーを閉じられるようにした物(これはボルヌ=ジュリオ・システムとは呼ばないようだ)等が作られている。もう一つの特徴は、足部管にはまり込む胴部管のジョイント部分がEsのトーンホールの先まではまり込むように倍以上の長さになっている。(私の記憶では昔のムラマツの楽器でこのタイプの楽器を見たことがある)

斬新で面白いのだが、私の個人的な意見は、この時代にこんな複雑なメカをつくって、だれが調整するの?というのと、アメリカでの特許項目の中にある面白いが絶対NGなのがソルダードのトーンホールが管体の中に突き抜けるようになっている点。説明によれば管内部の水滴がパッドに溜まらない(突き抜けたトーンホールのふちに沿って水滴は下に流れて行くから)という構造だが「中を掃除するとき布がひっかかるだろ!!」という特許内容もあった(ひょっとするとこの時代に管内部は掃除しなかったのかもしれない???) 。他にも様々なタイプのフルートを作っていたメーカーで、Des管のラインナップもあり、これはヴィドールの対談の回で話したイギリスのハイピッチ問題に対処したものと思われる。またEs管の「3度フルート」(Flûte tierce/Flûte en mi♭)という小ぶりなフルートも作っていた(ラテン・ジャズ用)。バスフルートはU字管の物の他に「そのまんまバスフルート」、つまり1本の長くて太いフルートもあった(2人用ですか?)。これに関しては1900年の万博の資料に「ジャルマ・ジュリオが特許付の特大のメカニカルなバトンをタファネルにプレゼントした」という記述があり、この「つくってみたぞそのまんまバスフルート」はタファネルの手に渡ったのではないかと思う。

  • 《ボルヌ=ジュリオ・システムのフルート》


  • 《つくってみたぞそのまんまバスフルート》



1903年のパリ音楽院卒業試験(課題がペリルーの年度)から一等賞主席の卒業者にジャルマ・ジュリオのフルートが贈呈される事になった(いつまで贈呈されていたかは不明)。

現在のEメカ及びG-A(3オクターヴ目の)トリルキーは、フランスのノルマンディーでタファネルの助言を基にボルヌとジャルマ・ジュリオが発明した物でボルヌ=ジュリオ・システムという名前がつけられ、しかしその後フランスでは姿を消し、名称も使われなくなっていたという事になる。

今回のアナリーゼではサラサーテとボルヌのカルメン・ファンタジーに関して、オペラ・カルメンのストーリーとそれぞれのカルメン・ファンタジーで使われたメロディーの関係を中心に解説します。また動画でもサラサーテのカルメン・ファンタジー(加藤元章編曲/生野実穂演奏)とボルヌのカルメン・ファンタジー(加藤元章演奏)を公開します。

<参考資料>

  • フランス国立図書館 電子図書館Gallica 内 Retro news、
    Paris Bibliothèques patrimoniales Digital collections
  • Google Patents
  • TAFFANEL Genius of the Flute /Edward Blakeman 著 オックスフォード大学出版部


ヴィルトゥオーゾの
世界へようこそ≪対談≫(次回掲載予定)


  • ムラマツ・メンバーズ・クラブ入会でもっとお得
  • お買い物ガイド

ニュース

臨時休業のお知らせ
2月3日(火)
年末年始休業のお知らせ
12月28日(日)〜1月5日(月)
年末年始休業前後の通信販売・発送業務について
クリスマス特集
【期間限定・特別価格】若干の角折れなど「訳あり」の楽譜と、損傷なしの美品CDを特別価格で販売いたします。
す和ぶ「輪ドット」が数量限定で再登場!
す和ぶ「あられ」が数量限定で再登場!
クリーニングクロス「チャコールグレー」が登場!
プロクロス2025秋冬限定柄、入荷致しました。
“深掘り”<バッハのシチリアーノ>は真作なのか?第4回「不協和音について深掘りする」を掲載しました。
フルート♪名曲研究所を更新しました。
フルート♪名曲研究所を更新しました。
【イタリアの笛吹き】イタリア出身のフルーティストたちのCDをご紹介いたします。第4回は「アンドレア・オリヴァ」です。
す和ぶ「ひまわり」が数量限定で再登場!
クリーニングクロス「ミントグリーン」が数量限定で登場!
輸入版新刊楽譜を更新しました。
スタッフのおすすめ楽譜を更新しました。
【新刊楽譜】J.S.バッハ/フルート・ソナタ ロ短調 BWV1030 (ファクシミリ) ハードカバー箱入り
フルート♪名曲研究所を更新しました。
【初心者向け教本】はじめてフルートにチャレンジする方や久しぶりにフルートを再開する方へ。
す和ぶ「桜小紋」が数量限定で登場!
年間売れ筋ランキング
「訳あり」商品を超特価で販売中。演奏に支障はございません。
カール・ライネッケ生誕200年特別企画を更新しました。
カール・ライネッケ生誕200年特別企画を更新しました。
カール・ライネッケ生誕200年特別企画
す和ぶ「菊唐草模様」が数量限定で登場!
す和ぶ「桜小紋」が数量限定で再登場!
【新刊書籍】フランス・フルート奏者列伝
日本海側の大雪の影響によるお荷物のお届けについて
能登半島地震の影響によるお荷物のお届けについて
夏期休業のお知らせ
8月10日(木)〜8月16日(水)
プロクロス2023秋冬限定柄、入荷致しました。
ご注文完了後のご注文確認メールについて
システムメンテナンスのお知らせ(9/28実施)

関連サイト

  • 株式会社村松フルート製作所
  • 村松楽器販売株式会社
  • ムラマツ・フルート・レッスンセンター
  • リサイタルホール新大阪