第5回は、作曲家のM絵里子さんをお迎えし、作曲家の視点から『〈バッハのシチリアーノ〉は真作なのか?』を深掘りします。あわせて、デモ演奏では、ピアノを M絵里子さん 、フルートを 竹澤栄祐さん が務め、作品の魅力を音でお届けします。
竹澤:
最初に、第4回の冒頭で作曲科の学生のエピソードをお話ししましたが、十二音技法など前衛音楽の美に精通している現代の作曲家の視点からどのように感じたのかお聞かせください。
M:
とても興味深く読ませていただきました。
その作曲科の学生がクラシカルな作品に、もはや美しさを感じられなくなったということでしたが、バッハの不協和は、前提となる調性、和声進行上で意図的につくられる不協和なので、第4回で話題となっている作曲科の学生が考えている前衛音楽で用いられてきた、調性や和声進行を前提としない、むしろそこから距離を取ろうとする、そのような不協和とは種類が違うかもしれません。ただし、後者のような不協和の中にも、やはりよく響くもの、そうでないものがあり、シェーンベルクやメシアン、ブーレーズといった優れた作曲家の不協和音が「よく響く」のは、彼らがクラシカルな音楽、調性における響きを深く理解しているからとも言えます。
そして、優れた現代音楽には、明確に構築された概念、それに基づいた音楽が複雑に編み上げられていく構造が存在するので、作曲科の学生の言う「美しさ」は、そのようなことも含んでいるのかもしれません。その「構造」という意味において(和声的、対位法的、旋法と調性の融合など、さまざまな音の扱い方を含め)、あらゆる美しさと模範を示してくれる作曲家が私の考えるバッハでしょうか。私はバッハの音楽を聴いたり演奏したりするよりも、楽譜を分析する際に、その構造美をより実感します。正直、バッハを語れるほど私はまだバッハを知らないですし、これから先、どこまで知ることができるのだろうかと思います。バッハの音楽に触れていると、200年以上も前に、フォルケル※ が「彼の芸術になじめばなじむほど、それに対するわれわれの驚嘆は高まる。」と言ったことが、実感されます。
※ヨハン・ニコラウス・フォルケル(1749-1818)ドイツの音楽家であり、ヨハン・セバスティアン・バッハの伝記『バッハの生涯と芸術』の著者として知られる。
竹澤:
バッハの自筆譜は、見るだけですごく美しいですからね。さらにその中に構造美があるというのは、すごく実感します。お話しいただいたシェーンベルクやメシアンなどの作曲家の「よく響く」不協和音というのは、なかなか難しいので、実際に弾いていいただきたいと思います。
竹澤:
私の著書では、不協和音と半音階進行、そして減7の和音について書きました。この連載では第4回、この第5回で不協和音について取り上げましたが、作曲家の視点からそれらについて意見をお願いします。
M:
第4回の不協和の解決の瞬間が最も美しいということ、そして時代が進むにつれて、不協和そのものの美しさを求めていくという内容は、私もその通りだと思い興味深かったです。その歴史の流れの中でワーグナー《トリスタンとイゾルデ》の〈第一幕への前奏曲〉や、シェーンベルク《浄められた夜》のような調性的な美しさの極限とも言えるような音楽が、「人間の知=感性」の遺産として残されてきたと考えると、歴史の偉大さに感動を覚えます。
バッハは、ルネサンス以来の半音階の意味するAffekt(情緒)を旋律にも和声的にも巧妙に使用しています。それによって作られるバスの進行、そして旋律などの美しい例は多くありますし、結果的に12音が鳴ることすらあるのも、非常に興味深い点です。
シェーンベルクは、これは自分の十二音技法を正当化するということもあったと思うのですが、著作の中でバッハが最初の十二音技法に通じるものがあるというふうに述べています。バッハは、本当に音を自在に使いこなした作曲家だなという印象です。
竹澤:
バッハの人生を通して、若い頃からの作品を見てみると、彼は不協和音に強いこだわりを持っていたように思います。彼の若い時代には様々な逸話もあるのですが、当時は非常に前衛的な作曲家で、不協和音を多用していたかもしれない。それが私の感覚では、年齢を重ねるにつれてどんどん洗練されていったように感じるのですが、どう思われますか。
M:
私はそこまでたくさんの曲を知っているわけではないのですが、バッハの《教会カンタータ》や《マタイ受難曲》などのテクストを持つ曲を分析しているときに、テクストの意味合いと不協和音が鳴る瞬間というのは、非常に密接に関係しているので、そういう不協和な響きの使用をどんどん洗練していったというのはまさにその通りかなと思います。テクストについて後ほど例もあげたいと思いますが、そのテクストを持たない中でも、やはりバッハが不協和な響きを意図的に使っているというのは、何かそこにバッハの強い思いがあるのではないかと思っています。
竹澤:
そういう意味では、息子の時代のクヴァンツやC.P.E.バッハの時代になるとギャラント様式の音楽が流行します。つまり、不協和音からは逆に離れていきます。〈バッハのシチリアーノ〉も、まさに不協和音から距離を置いた、わかりやすい音楽になっていると感じました。
M:
バッハの不協和な響きが作られる瞬間というのが単に和声的な理由だけではなく、対位法的な関わりという中で、非常に巧妙に不協和が作られる瞬間というのが多くあります。やはりポリフォニックな音楽からギャラントなホモフォニックの音楽に移行していく中で、次の世代が不協和から距離を取るようになったのは、こうした様式の変化も大きく影響していたのではないかと思います。
竹澤:
次の時代の音楽を見ていると、むしろ減7の和音のような不協和を、特にモーツァルトの場合は緻密に計算し、不協和音の使い方も洗練されていくような時代に変わっていったと感じます。そこで今までの話も含めて、作曲家から見たときのバッハの作品の特徴についてお聞かせください。
M:
バッハの作品の特徴については、竹澤さんの本の中で十分に説明されていると思うのですが、本に書いてある以外の特徴として、一つは対斜があげられると思います。対斜というのは、増1度、例えば「ハ」と「嬰ハ」の音が、違う声部によって連続して打たれることです。これも不協和な響きの一つで、バッハはこの対斜をあらゆる作品で意図的に用いて、不協和を効果的につくり出しています。
例えば、《マタイ受難曲》の第54曲のコラール《O Haupt voll Blut und Wunden》BWV244/54の第5節から7節を例に見てみましょう。
O Haupt, sonst schön gezieret
常ならば最高の名誉で
Mit höchster Ehr und Zier,
美しく飾られながら
Jetzt aber hoch schimpfieret,
今は侮辱の極みを受けている御首よ
M:
この12小節1-3拍目のアルトの「嬰へ」と4拍目ソプラノにおける「ヘ」の対斜による不協和は、第7節の始まりになりますが、本来あるべき姿を否定する、「Jetzt 今」のところに用いられています。
和音による修辞学的表現の一つでもありますが、今弾いた9小節3拍目の「schön美しく」に対して、テノールの「ハ」とバスの「変ロ」が同時に置かれ不協和が生み出されているのも、本来あるべき美しき姿が、現実には屈辱にまみれて否定されている皮肉を表しているとも考えられます。
もちろん、テクストを持たない作品にも対斜は使われています。《フルートとオブリガート・チェンバロのためのソナタ ロ短調 BWV1030》から例を紹介しましょう。
竹澤:
作曲家のMさんから見たバッハという大きな視点として、作品の特徴をお話ししていただきました。では、この本で扱っている《フルートとオブリガート・チェンバロのためのソナタ 変ホ長調 BWV1031》の特徴はどのように思われますか。
M:
私から見た印象は、全体として鍵盤書法も典型的な音型が用いられ、対位法的に入り組んでいるような複雑な書法も見られません。また、バッハの音楽的特徴として例に挙げた対斜も使われていません。一つ言えるのは〈BWV1031〉の場合は、初見でもパッと取りやすい音型というのがたくさんあると思いますが、バッハの作品はそうはいかないところが至る所であります。だからこそ面白いのですけれども。
第1楽章が少しプレリュード的で、そして緩徐楽章があり、第3楽章は少し牧歌風と室内ソナタ的な楽章構成が見られます。また、曲中に用いられる転調や、終止形も、当時の一般的な様式を踏襲している点が多いです。
第2楽章に限ると、ギャラント様式で書かれていて、竹澤さんが著書の中で触れていらっしゃるように、美しい音楽であることは間違いないですが、声部ごとの対位法的な関わりもなく、鍵盤の書法もシンプルで、特筆するような複雑な音楽構造は見られないと言えます。
竹澤:
バッハの音楽は、フルートで演奏する場合も鍵盤楽器で弾く場合も、初見ではとても難しく、複雑な音の並びが随所に見られますよね。〈BWV1031〉と比較される作品として、クヴァンツの《トリオ・ソナタ 変ホ長調 QV2:18》がありますが、この作品と比べてどのように感じられるでしょうか。
M:
クヴァンツの第1楽章の1小節3拍目からのチェンバロの右手の音型が、〈BWV1031〉の第1楽章冒頭のオブリガード・チェンバロの右手の出だしに一致することや、前者の第2楽章冒頭の旋律が後者の旋律と酷似しているなど(ちなみに、私は冒頭よりもクヴァンツの3小節目が引用されているように思われるのですが)、先行研究でこの2曲の類似性は指摘されている通りなのですが、先行研究をあえて読まず、先入観なしに両作品の3楽章全体を通して比較してみたところ、特に第1楽章と第3楽章は、書法や様式的な類似点を多く見ていくことができました。
例えば第1楽章では、冒頭の旋律の関連だけでなく、クヴァンツの12小節目と〈BWV1031〉11小節目のフルートが加わり3声部になるところの掛け合いも、酷似していることは明らかです。また、クヴァンツの7小節目と〈BWV1031〉5、6小節目バスの「変ロ」(属音)の8分音符の刻みの上でのシンコペーションのリズムは、実際に聴いたり演奏してみたりすると非常に似ているという印象を持ちました。このようなリズム書法における類似性は他にも多く見られました。
M:
さらに、クヴァンツの32小節目と〈BWV1031〉44小節目の平行調から主調の再現に向かう前に置かれるゼクエンツ(同型反復)は、この時代のコンチェルト様式を反映した類似とも考えられますが、類似性は高いものと考えられます。
このように、音型、リズム、反復、そしてカデンツなど、第1楽章と第3楽章のそれぞれにおいて類似している部分は多く見られます。
M:
一方、本題でもある〈バッハのシチリアーノ〉をクヴァンツの第2楽章と比べると、旋律以外に特筆すべき類似性は見出せませんでした。クヴァンツの作品の方は、シチリアーノ風の旋律が各声部に受け渡しされるなど、対位法的に書かれており、完全なギャラント様式で書かれた〈バッハのシチリアーノ〉とは性格が異なります。また、クヴァンツの方は7小節目や9小節目に見られるように倚音による不協和(98、43など)な響きが多く用いられていたり、経過的なので必ずしも例外とまでは言えませんが、1小節目や5小節目の8分音符の3つ目のところなど、属7の和音の第二転回形が用いられたりしています。このバロック時代というのは、属7の和音の第二転回形の少し固い響きを避けるために、代わりにVII度の三和音の第一転回形を用いることが多くあります。〈BWV1031〉のシチリアーノと比較すると、第2楽章においては、クヴァンツの方が和声においても幾分発展的な書法と言えるでしょうか。
M:
あくまで、クヴァンツはシチリアーノのスタイルを流用した、対位法的書法も取り入れられたトリオ(室内)ソナタの「緩徐楽章」に対して、〈BWV1031〉はギャラント様式風の性格的小品としての「シチリアーノ」と言えます。
以上のように、第2楽章とシチリアーノの旋律の酷似だけでなく、当時の様式内での共通性によるところは大きいものの、第1楽章及び第3楽章の構成はかなり近接したものになっているとも言えるので、この2曲に関係があるという先行研究には同意できます。ただ、クイケンが主張するように、〈BWV1031〉はクヴァンツが作曲したという意見もあるようですが、作曲家としての立場から考えると、ここで紹介したような類似性、つまり変化や引用の仕方から、かえって同じ作曲家の作品には感じられませんでした。
これについては、私自身が作曲をするという立場から考えてみると、先ほど挙げたような類似性、つまり変化のつけ方や慣習的な使い方が、むしろ「もし同じ作曲家であれば、このような方法は取らないのではないか」と感じられる部分があります。もちろん、これはあくまで私自身の感覚的な印象ではありますが。
部分的な繰り返しや、反復の手法など、〈BWV1031〉の方がフレーズの息は長く、構成は整理されている印象があると言えます。しかしながら、バッハ的な様式や、音楽書法的なモデル性はあまり感じられないように思います。
竹澤:
もう一つ比較されるのがバッハの次男、C.P.E.バッハの作品ですが、それについてのお考えをお聞かせください。
M:
私としては少し異なる受け止め方をしています。
クヴァンツとC.P.E.バッハの作品を比較すると、後者は旋律におけるリズムの多様さ、旋律を構成する楽句、挿入されるエピソードの多さ等があげられます。他には、旋律を構成している楽句がかなりユニークですよね。ユニークである分、覚えにくいといいますか、印象として記憶に残りづらいところがあると感じました。これはあくまで感覚的なものですが。
また、C.P.E.バッハの作品には、時々「驚くようなエピソード」が挿入されることがあって、それが面白さの一つでもあると思います。そうしたC.P.E.バッハの作品を聴いたうえで、あらためて〈BWV1031〉を聴いてみると、どこか違うと感じるのです。これも感覚的なもので、明確な証拠があるわけではありませんが、やはり別の音楽として聴こえるという印象があります。
例えば、C.P.E.バッハの《トリオ・ソナタ 変ロ長調Wq.161》の7小節目と17小節目に見られるようなBassの半音進行、《フルート・ソナタ ホ長調 Wq.84》の第2楽章の1小節目からに見られる増6度の和音の使用など、より複雑な和声書法が用いられている、つまりC.P.E.バッハの作曲書法の特徴は、部分的には父親の書法に由来し、クヴァンツらの当世風の音楽とは明らかに異なる点があると言えると思います。
竹澤:
そうですね。C.P.E.バッハの作品には、時折とても唐突に感じられる箇所がありますよね。転調や和音進行に思わず驚かされる部分もありますし、そうした「突然の展開」こそが、彼の個性の一つだとも言えると思います。
Mさん、今日は私もとても勉強になりました。たくさんの興味深いお話をありがとうございました。
次回は、フルーティスト神田寛明さんとの対談で〈バッハのシチリアーノ〉を深掘りしたいと思います。
■デモ演奏
フルート:竹澤栄祐/ピアノ:M絵里子
■紹介作品
【商品ID:338】J.S. Bach/ 3 SONATEN BWV1033,BWV1031,BWV1020
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【商品ID:14276】Quantz/ TRIOSONATE ES-DUR
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【商品ID:22212】C.P.E.Bach/ TRIOSONATE B-DUR WQ161 NR.2
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【商品ID:6832】C.P.E.Bach/ 4 SONATEN HEFT 1:D-DUR WQ83, E-DUR WQ84
https://www.muramatsuflute.com/shop/g/gG6832/