ヴィルトゥオーゾの世界へようこそ/カルメン・ファンタジー

アナリーゼと演奏の
ワンポイント・アドヴァイス

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カルメン・ファンタジー

今回はビゼーのオペラ・カルメン原曲と、ボルヌ及びサラサーテのカルメン・ファンタジーで使われているメロディーとの関係について分析的に解説していきます。


■フルート名曲♪研究所|第5回 François Borne|Fl.加藤元章Pf.津田大介
Fantaisie brillante sur Carmen/カルメン・ファンタジー / 商品ID:7179
(一部、加藤元章の編曲を含む)

■フルート名曲♪研究所|第5回 Pabro de Sarasate|Fl.生野実穂Pf.野間春美
Fantaisie de Concert sur Carmen Op.25/カルメン・ファンタジー 作品25 / 商品ID:21717
(ヴァイオリン版を元に加藤元章が編曲)

カルメン 成立とストーリー

カルメンをビゼーに依頼したのは、パリ・オペラコミークの音楽監督だったカミーユ・デュ・ロークルだった。この人はヴェルディのドン・カルロやアイーダの台本を書いた歴史的な台本作家。原作となったメリメの小説は1845年に発表されたが、さほど注目された作品ではなく、オペラ・カルメンになってから有名になった小説。この時代オペラを作るにあたって何でも自由な内容で作れるわけではなく、結果的に原作からかなり変わってしまう場合や、制約をうけている場合が多い。対談の回で公開した動画のリゴレット・ファンタジーの原曲オペラ「リゴレット」では、中心的な登場人物のマントヴァ公爵という設定に対しヴェルディはかなり神経質に対処しており、宮廷への問い合わせ、根回しなど入念に時間をかけて行っている。マントヴァ公爵はいいかげんで不道徳な人物設定なので、これが問題になればこの時代、ヘタをすればすぐに投獄されてしまう。カルメンもオペラコミックとしての通例に従って原作からかなり変化した脚本となっている。

  • ジョルジュ・ビゼー(1838-1875)


ストーリー

<場所>
1820年頃のスペイン、セビリア

<中心登場人物>
カルメン(カルメンシータ Carmencita メゾソプラノ) 自由奔放で妖艶なロマ族(ジプシー)の女性。
ドン・ホセ(ドン・ジョゼ Don José テノール) 竜騎兵の伍長 スペイン北部のナバラ出身で、喧嘩が原因で故郷を離れ軍隊に入る。
ミカエラ(Micaëla ソプラノ) ホセのいいなずけ。孤児だったミカエラは、ホセの母親に育てられ、今はセビリアの近くで一緒に住んでいる。
エスカミーリョ(Escamillo バリトン) 有名な闘牛士。その中でも牛に最後のとどめを刺す役割の「マタドール」。
ズニガ(Zuniga バリトン) ホセの上官の中尉。セビリアに赴任したばかり。
その他ダンカイロ(密輸団の頭)、モラレス(兵士)など



●解説の中の番号をクリックすると使われているメロディー部分の楽譜(カルメン・ファンタジー)が見られます。はボルヌ、はサラサーテです。番号は各カルメン・ファンタジーで出てくる順番になっています。


前奏曲

オペラ全体の前奏曲でもあるので幾つかのテーマが含まれている。特に後半で闘牛士の歌のテーマG、そこから不吉な雰囲気の「運命のテーマ」と呼ぶべきメロディーBにつながり、このオペラの悲劇的結末を予感させるようにして幕が上がる。


第1幕

セビリアのタバコ工場。広場に面して工場と竜騎兵の詰め所がある。
ミカエラが詰め所にドン・ホセに会いに来るが見つからない。ミカエラが去った後ホセが登場するが、ちょうどタバコ工場が昼休みになって中から働いている女性たちが出てくる。皆がくつろいでいる中、「カルメンシータの姿が見えない! いたぞ! カルメンシータだ」という声の中カルメンが登場する@。若い男たちの熱い視線とアプローチの中、カルメンはハバネラを歌い踊るEA。そして若い男たちを振り切りDそんな事に全く興味を示さず一人で銃の手入れをしていたホセを見つけ、カルメンはホセをからかって花を投げつける。ミカエラが戻って来てホセの母親から預かった手紙を渡し、一緒に暮らしているホセの母親の様子や2人の故郷の話をしてC帰っていく。工場の中で女同士の喧嘩が起き、カルメンが相手の女にけがをさせ、衛兵によって逮捕される。ホセの上官の中尉、ズニガがカルメンを問いただすが歌ってはぐらかすB。ホセがその取り調べと護送をズニガに命じられ、取り調べの間にカルメンはセギディーリアCを踊りながらホセを誘惑、結果ホセはカルメンを逃がしてやる。ホセはこの件で牢に入れられることになる。


第2幕

1ヶ月後、ある酒場、店主はパスティアという男(セギディーリアの歌詞に登場するセビリアの城壁のそばにあるなじみの酒場)。  にぎやかな酒場でカルメンはジプシーの歌FDを歌い、踊っていた。中尉のズニガもいた。そこに有名な闘牛士のエスカミーリョの一行が通りかかりG、一目でカルメンに魅了されてしまう。みんなで盛り上がった後店を閉めると密輸団がやってくる。今カルメンは彼らの仲間になっている。密輸の計画を練っていると牢獄から出てきたばかりのホセがあらわれる。カルメンはまたホセを誘惑、密輸団に入るように誘うが軍隊ラッパを聴き、ホセが兵舎に帰ろうとするとカルメンはそれをなじり、けんかになる。ホセが店の外に出ようとした時、上官のズニガが戻って来るが、実はズニガもカルメンに夢中になっていた。ホセと口論になり剣を抜き決闘となるが、密輸団たちがこれを収め、兵隊として戻るところが無くなったホセは密輸団に加わる。


第3幕 険しい山岳地帯で野営している密輸団

カルメンにとってホセは全く興味のない男になっていた。仲間の女たちとカード占いをしているとカルメンには何度占っても「死」というカードが出る不吉な予兆があった。密輸団が出かけ、ホセが見張りをしているとカルメンを追いかけてきたエスカミーリョが現れホセと決闘となるがカルメンが仲裁に入る。エスカミーリョは、皆を闘牛に招待しようと言って去る。この時、ミカエラもホセを探してやって来ていたが様子をうかがって隠れていた。隠れていたミカエラが発見され、ホセに母親が重体になっている事を告げ、ホセは一旦母親のもとに帰る。


第4幕 闘牛場前の広場

間奏曲@
カルメンとエスカミーリョは愛し合っていた。仲間の女たちは「ホセが来ているようだから気を付けて」とささやく。闘牛場に人々が入って行ってカルメンだけが残るとホセが現れもう一度やり直そうとカルメンに迫るAがカルメンはそれを拒否する。闘牛場からの歓声が聞こえる中、次第に激昂しB、カルメンはホセに指輪を投げつけ、これに逆上したホセがナイフでカルメンを刺す。悲鳴は闘牛場からの歓声にかき消される。 という様なストーリーだが、ヴィルトゥオーゾの世界 第1回で説明したオペラコミックの「みんなで楽しく歌い踊るロンド」とは全くかけ離れたエンディングになっていて、オペラコミック的には当時衝撃的な問題作が庶民の社交場で公開されたわけで、物議をかもし、拒否反応は強かった。

カルメンは、フランスではファム・ファタル(femme fatale)と呼ばれる。直訳的には運命の女とか命取りになる女と言う意味だが、具体的には男を破滅させる女という意味の言い回しとして使われる。一旦狂った歯車は奈落の底まで行きつくのだが一方でfemme fatale自身は一貫して自由なのだ。

ボルヌとサラサーテのカルメン・ファンタジーの楽譜を出版したÉdition choudens(エディシオン・シュダン)は19世紀パリの最も有力な楽譜出版社で、当時のオペラのほとんどを出版していた。もちろんビゼーのカルメンの初版もこの出版社によるものだ。 ボルヌでもサラサーテでも曲全体の構成で共通しているのはハバネラを中心に据え、これをヴァリエーションとしている点とフィナーレにボヘミアの歌が使われている点。



ハバネラ / Habanera

ここでハバネラについて説明する。ハバネラの原点はハバナ(キューバ)の音楽のスタイルだ。さらにさかのぼればフランスのコントルダンスに由来するのだがハバナでハバネラとして確立された音楽が船乗りたちによってスペインに伝わる。もともとハバナはスペインの植民地だったので海運でのつながりが強かった。そして1800年代にスペインで非常に流行り、その流れでフランスのクラシックの作曲界に取り入れられた。結果的にクラシックにおけるハバネラはフランスの作品、とくに近代の作品がほとんどになっている。





バスのリズムパターンが特徴で上声部は音階か半音階で上行あるいは下行して和声との関係性を揺さぶる動きの3連符が含まれる。
ボルヌもサラサーテもハバネラの第2ヴァリエーションで上声部と和音構成音で合成された跳躍音形を使っている。調性も(音程も)難易度も全く違うのだが同じような動きなので結果的にけっこう似ている。





サラサーテの方が後発の曲だが、この曲の作曲時期にボルヌのカルメン・ファンタジーはトゥールーズのみで演奏されている時期なのでサラサーテがこの曲を聴いたとは思えずボルヌの影響とは思えないのだが、長年この2つの曲を演奏してきた私の感覚では演奏中この部分に差し掛かると両曲で同じイメージで演奏していると思う。



セギディーリア / Séguédille

サラサーテのカルメン・ファンタジーの中で使われているセギディーリア(Séguédille/Seguédille)は、セビリアを含むスペイン南西部のアンダルシア地方で17世紀ごろに登場した踊りで、今日でも普通に踊られている。やや速めの3拍子の踊りでダンサーは堂々とした感じで体と腕を反らせ、2人交互に近づいたり離れたりする踊り。この近づいたり離れたりと言うのがホセをじらすように誘惑するカルメンのシーンの中に使われている。



ボヘミアの歌 / Chanson de bohéme

ボルヌ、サラサーテ両曲ともフィナーレとして使われているのが原題Chanson de bohéme(ボヘミアの歌)だが、これは実際には「ジプシーの歌」である。あるいは「ロマの歌」といっても良い。ロマ族とジプシーの関係はエネスコの回でエネスコのヴァイオリンの手ほどきをしたのがロマ族の先生だったという事で軽く説明しているので参照していただきたい。ジプシーの概念や定義は時代や地域によってさまざまなのでなかなか説明しづらいのだが、フランスでは16世紀から18世紀まではボヘミアン(Bohémien)と呼んでいた。それがロシア語のツィガンと言う言葉の流入で19世紀に入るとツィガーヌ(Tzigane)やジンガレラ(Zingarella)と呼ばれることが多くなり、しだいにボヘミアンという言葉は使われなくなる。ビゼーは、この曲でジプシーを歌った歌詞を使っているがストーリーの設定が1820年なのでやや過去の言葉を使って題名としたという事だろう。曲の歌詞は3番まであるが、1番目の歌詞を紹介する。

Les tringles des sistres tintaient avec un éclat métallique.
Et sur cette étrange musique les Zingarellas se levaient.
Tambours de Basque allaient leur train,Et les guitars forcenées
grinçaient sous des mains obstinées, même chanson,même refrain!
Tra la la la la la

トライアングルの棒がシストル(ガラガラのような楽器)を打ち、メタリックな輝きの音色をきらめかせる
そして異国の音楽に合わせてジンガレラ(ジプシー)たちは立ち上がる。
タンバリンが彼らの道を進み、ギターは不屈な強い手で猛烈にかき鳴らされ、軋んだ音を響かせる。
同じ歌、同じリフレイン、
トゥラ ラ ラ ラ ラ ラ
加藤元章訳

ボルヌのカルメン・ファンタジーに関するワンポイント・アドヴァイス

曲の始まりのピアノの前奏はオペラでのまさに「カルメンの登場」ですが、これに続くのがオペラの最後でホセがカルメンに復縁を迫るメロディーだったり、次の「運命のテーマ」が盛り上がり切った所から第1幕前半のミカエラのアリアに続いたりとストーリー展開とメロディーの並び方はほとんど関係が無いと考えて良いと思います。だからこそ、この曲を演奏する人にはオペラのストーリーとカルメン像はしっかりと理解しておいてもらわなくてはならないのです。それを知らないでこの曲を吹くな!!!!というのが私の第一の主張です。しかし………オペラ・カルメンを聴いてみれば、他のメロディー、前奏曲の最初の部分やフルーティストにとっては第3幕への間奏曲など魅力的なメロディーがあふれてもいます。「うわ~いい曲だなぁ」という感動が動機でこの曲をやりたいのならそれは全然OKで、内容はそのうち分かれば良いとも強く思います。ただしやはり演奏家として人前で演奏するなら「知らないでこの曲を吹くな!!!!!!!!!!!!」です。ランパルは、特にカルメンのハバネラに関して「これはハバネラフランセーズだ!」といってかなり詳細なレッスンをしていました。音楽用語としてあまりハバネラフランセーズという言葉は無いし概念もはっきりしないのですがランパル的にはやはりカルメンのハバネラがフランス音楽におけるハバネラの原点であり、時代を経てオペラコミークやオペラ座で演奏を積み重ねて熟成してきたフランスのスタイルがあるのだという思いを込め、我々にそれが出来るまでかなりしつこくレッスンしていたのだと思います。
ポイントはあくまでバスのリズムの取り方がベースの話ですが特性を説明してみます。





G.W.クーパーとL.B.マイヤー共著の理論書「音楽のリズム構造」(The rhythmic structure of music 1960年)では、音楽の要素としての拍節と単純な時間経過単位の「パルス」の違いを説明しています。全くその通りなのですが一方で近代以降楽器の練習にメトロノームを使う事に慣れてしまってパルス、イコール拍節という様な勘違いが起きている事が多いように思います。
ランパルが言っていたハバネラフランセーズの概念はこのやや揺れる拍節の上に成り立つリズムとその変形にどの様に3連符をからませクロマティックに命を吹き込むのかということでした。

フランスにおけるカルメン・ファンタジーの演奏記録を追跡調査してみましたがそれほど多く演奏はされていません。ボルヌ以外のフルーティストの演奏でもトゥールーズでの演奏がほとんどです。パリのサロンでベルエポック時代にはいくつか見受けられますが第一次世界大戦以後はほとんど演奏された形跡は無く、1940年1月8日14時10分にRadio Parisというラジオ放送局のライブ放送でモイーズが子息のルイ・モイーズの伴奏で演奏した記録があり、それまでの間では発見できませんでした。ちなみに録音機材が1941年に実用化される前です。Édition choudens出版社が1900年初頭に廃業し、印刷原版は色々な出版社に散逸しますが、売れる楽譜はそのままÉdition choudens版として再販され、現在もCHOUDENSという名称で出版されているのですが、カルメン・ファンタジーはどこも引き継いで出版するところが無かったものと思われます。そして誰も演奏しなくなった……。おそらくパリでの演奏が少なかったためでしょう。私がこの曲と出会ったのは1978年、パリ留学直前の夏に参加したジュリアス・ベーカーのニューヨークの講習会(正確には会場はコネチカット州、ダンベリー)での事でした。ゴールウェイがピアニストのフィリップ・モルを連れて遊びに来てミニコンサートをやり、そこでカルメン・ファンタジーを吹いたのです。この当時やっと楽譜が再販されたらしく、その話題で講習会は盛り上がっていました。



《ジュリアス・ベーカーと筆者/ベーカー講習会 地元紙の記事》



ここに一冊の本があります。「フルートのための楽譜総目録」January 1972 村松楽器販売株式会社 出版部。私は多分高校生の時に入手し、ボロボロになるまで使い、パリにも持っていって、製本を学びに来ていた日本人留学生に教わって製本し直し、いまだに手元に置いて使っているものです。





楽譜も新しいものがどんどん出るので、基本情報はオンラインショップの検索サイトを使いますが、この総目録は当時出版されていた世界中のフルートの楽譜をほぼ全て網羅しており(当時の共産圏のものも含む)、この目録に乗っていないものは出版されていなかったと考えて構わないのです。つまり今現在から見ると、一時期失われていた楽譜を確認するためのおそらく唯一の資料なのです。そしてこの目録には「ボルヌ」の文字は無いのです。つまり1972年当時、楽譜は出版されていなかったのです。私がこの曲を日本のコンサートで初めて演奏したのは1982年、札幌でのリサイタルで、おそらくヴィドール同様それが初演なのではないかと思います。1983年東京でのリサイタルでも演奏しています。

この記事を読んでしまった人は前出の「知らないでこの曲を吹くな!!!!!!!!!!!!」には当たらなくなってしまいました。なので、堂々と自信を持って、一部妖艶に、全体では思いっきり自由に、もっと言えば書かれている音形など気にせず崩れようがインチキしようが好き勝手に演奏してください!!!!。それこそがファンタジーです。





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