―――はじめに

皆さん大切な発表会やアンサンブル、オーケストラの本番が激減し、ペースが狂って練習が思うようにできず、いつものモチベーションが保ちにくい方も多いと思います。

こういう時は、いっその事それを逆手に取って、本番が近くに迫っている時には出来ない、「超」がつくほどの基本の基本に立ち返り、ご自分の奏法を根本から見直し、組み立て直してみるのはいかがでしょうか。

以下ここに挙げるいくつかの提案は、トップ・プレイヤーだったら最初から自然に出来てしまっている事ばかりだと思います。が、“自然”というのはシンプルなのに案外デリケートかつ厄介です。長年キャリアを積まれている方ほど「まだ足りない」と思って“やり過ぎている”事柄が多く、私は、いわば“引き算”が、更なる向上に必須だと思っています。

文字で表すと、直接レッスンする以上に煩雑で取っつきにくい印象になりますが、辛抱強くご覧いただき、何か1つでもヒントにしていただけたら嬉しいです!

―――普段から取り入れているトレーニングはありますか?

フルートを演奏する時、胸郭は単に肺の容れ物であるだけではなく、音の共鳴胴の役割を果たしています。発音体が体の中か外かの違いだけで、あとは“声楽”と全く同じと捉えて間違いはないでしょう。また指先の状態や立ち方など、必ず全身が各パーツと関連しています。クラシックバレエのダンサーは、毎日必ず鏡の前のバーレッスンで基本の型をより良く整える事からお稽古をスタートしますね。楽器を組み立てたらすぐ音を出したくなりますが、今こそ逸る気持ちを抑え、まず練習の最初に、ご自身を「最高の楽器」に整えてみてください。
やり方の具体例は、後ほど「スーパーウルトラベーシックエクササイズ」でご紹介することにして、まず「良い身体=楽器」づくりのポイントをあげてみたいと思います。
ポイントは5つです。

リラックス
チェストアップ
逆腹式呼吸
口腔内の状態
構えた時の腕の位置

実際に指導して、その場ではっきり音が変わる人も何人もいて、私もその違いに驚いています。是非今一度、研究してみてください。 ※スーパーウルトラベーシックエクササイズは「おすすめのエチュードをご紹介ください。」をご参照ください。

―――電車などの移動時間に出来ること、していることはありますか?

ちょっと変わった提案が続きます!
敢えておススメしたいのは、まさしく最初にご紹介したトレーニングです。
混んでいる車内ではさすがに無理かもしれませんが、声を出すこと以外はほぼ全部できます(笑)。むしろわざわざ時間を取らずに、信号待ちや電車を待つプラットホームでもちょこちょこ取り入れられるようになったら、理想的ですね。全部やればやるほど気持ち良いだけ!苦にはならないと思います。あんなにイライラしていた信号が「もう青になっちゃった、残念」となります(笑)。また信号待ちの時にもし横に犬が来たら、是非彼らのお腹のあたりに注目してください。特に夏!理想的な横隔膜呼吸がそこにあります 。

―――コロナウイルスによる自粛期間になって新しく始めたことはありますか?

最初に申し上げたトレーニングの他に、フルートのレパートリーを関心のある順に改めて見直すことなどもしましたが、それは特に目新しい事ではないと思います。ご期待からは逸れるかもしれませんが、私の「改めてやってみた」シリーズの中での、小さな大発見(!?)をお伝えしようと思います。

頭部管ストロー実験

他にも幾つか感動の小発見(笑)はあるのですが、長くなるので控えます。この実験のことを書くことでお伝えしたかったのは「誰にも思い込んでしまって見えていないことが、きっとまだ沢山あるだろう」という事と「自分で見つけることは、どんなに小さくても大きな喜びがある」という事です!コロナタイムは、大きなラッキーチャンスに変えられます。

―――アンサンブルや合奏などのために練習していることは何ですか?

あるTV番組で、バレーボールの優れた指導者が、選手の卵たちに「チームワークを良くする1番の方法は、実は1人ひとりが自分の技術を磨くことなんだ」と仰っていました。
実際に集まって練習できない時、アンサンブルのために有効な練習は、

・メトロノームを出来るだけいつも使ってテンポとリズムの感覚を磨くこと。

・ピアノやチューナーを鳴らして(針を見るのではなく)その音に合わせたり、そこから3度、5度など自分でハーモナイズさせたりして、音程の感覚を磨くこと。

などが有効だと思います。加えてもう1つ大事なのは“聴きながら吹く”という意識と感覚を磨くことです。音楽を演奏しながら当の本人が聴いていないわけがない、失礼な!と誰でも思いますが、特にその必要に迫られる難所ほど、吹きながら聴く余裕を持てる方は大変少ないのです。アンサンブルは当然ながら、その“聴きながら吹く”力が必須ですから、第一歩としては、“その意識を強く持つ”。例えば1フレーズだけでも暗譜して壁からはね返って来る自分の音を“感じ”ながら吹く。反響する音をキャッチするつもりになると響きのイメージも変わり・・意識が変わると世界が変わります!次に皆んなとアンサンブルする時が楽しみです 。

―――おすすめのエチュードをご紹介ください。

私が普段レッスンや自分の練習に使用しているものは一般的なものばかりです。むしろその“使い方”を“今の自分により効果的に工夫する”事を提案したいと思います。最初にご紹介したトレーニングを日常の練習に取り入れる上で、まず大事にしていただきたいのは、その日の練習の1番最初、1番気力体力が充実して集中できる時に、短く、5分から10分取り入れる事です。例えば「ドビュッシー/シランクス」はたったの約3分。時間の濃さは意識次第という事ですね。そしてその分出来るだけ毎日。フォームや奏法を新しくする事は生半可なことではなく、ちょっと気持ちが逸れるとあっという間に元に戻りますから、自分をがっかりさせない強い信念が必要です。かといって徹底的にやったとしても、1ヶ月位では全て理想的にということも難しく、イライラしない、ある種の気長さ、気楽さも必要になります。

スーパーウルトラベーシックエクササイズ

練習は定番の形にとらわれず(「ただ」やらないで)、限られた時間でご自分が最大限上達するやり方を日々工夫してみると、グッと新鮮に楽しくなると思います。

―――いつか吹きたい曲や、発表会におすすめの曲はありますか?

いつか吹きたい=今でしょ(笑)ということで、2021年9月26日にグリーグのヴァイオリン・ソナタ3曲を初のライヴ配信も含め、試みました。それからまだ日時は未定ですが、"名曲遊覧船"と題したコンサートシリーズを構想していて、第1回はまず近代フランスへ旅する予定です。

発表会には、本当にご自分が吹きたいものを選びましょう。先生に選んで頂く場合もなるべく希望を言って主体的に。少々背伸びが必要な曲でも、その思い(音楽への愛、でしょうか)は必ずやご自分をより引き上げ、その日までの毎日を輝かせ、演奏と共に、聴いている人に伝わります。

―――最近気になったフルートの曲を教えてください。

【W.A.モーツァルト / フルート協奏曲第1番 KV313】
W.A.モーツァルト / フルート協奏曲 ト長調 KV313(ID:24614)
W.A.モーツァルト / フルート協奏曲 ト長調 KV313(アドリヤン校訂)(ID:22469)
W.A.モーツァルト / フルート協奏曲 ト長調 KV313(ヴィーゼ校訂)(ID:26679)

【W.A.モーツァルト / フルート協奏曲第2番 KV314】
W.A.モーツァルト / フルート協奏曲 ニ長調 KV314(285D)(ID:25824)
W.A.モーツァルト / フルート協奏曲 ニ長調 KV314(アドリヤン校訂)(ID:22470)
W.A.モーツァルト / フルート協奏曲 ニ長調 KV314(285D)(ヴィーゼ校訂)(ID:28523)

【W.A.モーツァルト / フルートとハープのための協奏曲 K.299】

W.A.モーツァルト / フルートとハープのための協奏曲 ハ長調 KV299(297C)(カデンツァ:ライネッケ)(ID:25782)

もちろん学生時代からずっと気になっていますが(笑)。2020年のコロナタイムに他の名曲と共に、色々な版や奏者の演奏を見たり聴いたりしながら改めて味わいました。特に最近第2番を沢山の人の演奏で聴く機会があり、合間に自分も吹いてみると、飽きるどころか変わらず楽しくて難しい!汲めども尽きない魅力!月や星の様に、見上げるとそこに輝いていて、手は届きそうで届かない・・・これも名曲の名曲たる所以のひとつなのでしょう。

スケールやアルペジオなどの基礎練習が単調になりがちな時、まずモーツァルトのAllegroの楽章のパッセージとしてイメージするのはとても有効だと思います。

―――ホームページをご覧になっている皆さんへメッセージをお願いします。

フルートを気持ち良く吹くこと、そしてそのための努力は“生きる力”と直結しています。

音楽の喜びを、外から眺めるだけではなく内側から味わえる事、お稽古が日々の心の支え、励みになる事はもちろん実感されている事でしょう。時には悲しく辛い事があっても、日常生活からある時間を切り取って音の世界に没頭し、その時を夢中で過ごす・・・。練習の中に苦しさがあったとしても、人はそれを“楽しい”と言い表すのではないでしょうか。そしてその間、間違いなく私達は“生き生きと生きている”のだと思います。コロナタイムで推奨されているマインドフルネス=一種の禅とも共通し、自ずからこれを選び取り、身につけていたことになります。

そして管楽器奏者なら当然心がける大きく深い呼吸、舌のトレーニング、歯や口のケア、良い姿勢を保つことetc.どれもが全身の健康、免疫力にまで密接に関係しているという報道を何度も目にしました。体の様々な部分の“声”を聞く(感じ取る)力、すぐに結果が得られなくても諦めずに“春を待つ”力、試行錯誤を続ける力、そういった目に見えない力も、私達は一心にフルートを吹くことで無意識に養うことができています。
手中に無いものばかりに気を取られ意気消沈する事なく、今のこの限られた条件の中で、持てるものを最大限に活かしてどこまで成長できるか!声をかけ励まし合いながらチャレンジしてみませんか?

今回の内容がどこまで皆さんにお伝えできているか、私ももっと色々な力が必要です。生徒さんからこの一連のエクササイズをまとめて欲しいとの要望もいただいていて、簡単な小冊子を作ろうかと思っていたところでした。そちらはすぐにとはいきませんが、わずかでも関心を持っていただけましたら、小さなご質問でも、是非どうぞムラマツまでお問い合わせください。
微力ながら、心から応援しています!