2026年は武満徹没後30年にあたります。
生前の武満氏が最も信頼したフルーティストとして数々の作品を演奏し、日本人作曲家によるフルート現代音楽の分野で活躍してきた小泉浩氏に、武満氏への思いとともに自身の経験や現代音楽についてお話しいただきました。小泉氏の愛弟子であり、現代音楽の演奏やインタビュー、通訳も手掛けるフルーティストの織田なおみ氏との対談形式でお届けします。
小泉 浩
1944年広島県呉市生まれ。東京藝術大学卒業、同大学院を首席で修了。芸術学修士。72年「サウンド・スペース・アーク」を結成。以来、90年に解散するまで、国内外で演奏を行う。国内の「現代音楽展」「Music Today」等に毎年出演し、我が国における現代音楽の第一人者として約300曲の初演を手がけた。
第1回、第15回中島健蔵音楽賞(83年、97年)、第2回朝日現代音楽賞(93年)、第7回、第9回日本ゴールドディスク大賞(93年、95年)、を受賞。CD 「海へ」で1997年レコードアカデミー賞を受賞。著書に 「フルートの現代奏法」(日本ショット)、「新版 朝練フルート」(全音楽譜)がある。武満徹作品の世界初演曲としては、《雨の呪文》 《海へ》 《海へU》 《星たちの息子》(サティ/武満徹編曲)。武満徹が世界で最も信頼したフルーティストである。
織田 なおみ
桐朋学園大学音楽学部卒業、研究科修了。シエナキジアーナ音楽院、ザルツブルク夏季国際音楽アカデミーで研鑽を積む。現代音楽を中心に、室内楽や舞台芸術の分野でソリストとして活躍。内外の作曲家の新作初演や再演、委嘱を通し、柔軟な音楽性と高い演奏技術が評価されている。現代音楽演奏コンクール「競楽」入選。
自身の名を冠した音楽会シリーズは回を重ね、特にvol.IIIは全曲フルートソロ作品という内容で注目を集めた。vol.IVの委嘱作品、 伊左治直氏「八角塔の横笛夫人」は音楽之友社より出版。参加CD録音も多数。現代日本の作曲家シリーズ「猿谷紀郎 Fiber of the Breath」「安良岡章夫先品集 アニマトーリ」「伊左治直 熱風サウダージ劇場」「末吉保雄 作品集」、日本の作曲・21世紀へのあゆみ「シリーズ第2期・II」武満徹「響きの海」室内楽全集1、5などに参加。
故野口龍、小泉浩の各氏に師事。外国人音楽家のレクチャー、インタビューの通訳もこなす。
織田:
小泉先生のご自宅に伺うのは何年振りでしょう。レッスンに通っていたころが懐かしいです。
小泉:
そんなに久しぶりだったかな。そうそう、6月のリサイタルで一緒に吹く福士則夫の新曲は届きましたか。こちらには2、3日前に届いていますよ。
織田:
リサイタルのプログラムは武満徹さんと福士則夫先生の作品ですね。楽しみですね。
小泉:
では始めましょうか。
織田:
高校生の時にフルートを始めて、そのまま現役で東京藝術大学に入学されましたね。
小泉:
高校2年生の初めにフルートを始めて2年後、現役で藝大に入りました。
1、2年は小泉剛先生、3、4年と大学院が吉田雅夫先生。吉田先生にはバッハやモーツァルトの理論を全部教わりました。だから留学するならドイツに行こうと考えていました。
藝大に『バロック音楽研究会』があって、そこでトラベルソを吹いていたんです。テレマンの
《フルートコンチェルト e-moll》の日本初演をしたりしました。学生時代はバロック音楽と現代音楽が中心でした。大学院卒業後は、スイスのバーゼルのハンス=マルティン・リンデ先生のところに留学することになっていて、下宿先も決まっていました。でも2週間ほど考えて、「やっぱりやめよう」と考え直しました。
「ドイツのものはドイツ人に任せておけばいいし、ドイツものはドイツ人には勝てない。私は日本人だから、日本のものをやれば世界中で通用するはずだ」と。それで留学をやめて、現代音楽一本に絞りました。
現代音楽との出会いは大学の時でした。同級生に作曲家の池辺晋一郎と福士則夫がいました。
織田:
大学在学中から、彼らの作品を演奏するようになったのですか。
小泉:
大学2年生の時、彼らから「ちょっとこれ吹いてみてよ」と声をかけられました。
なんで私なのかというと、同級生のフルートに潮田芙左と齊藤賀雄がいましたが、その当時『フラッター』ができるのは私だけでした。
織田:
現代音楽のきっかけは『フラッター奏法』なんですね。『フラッター奏法』はもう当時からご存じでしたか。
小泉:
知っていましたよ。譜面に『フラッター』って出てきていました。試しにやってみたらすぐにできました。
織田:
当時、池辺先生や福士先生の作品を見て、調性がなかったり、リズム、拍子、小節線もなかったりするような譜面を渡されて、第一印象はどうでしたか。
小泉:
なんとも思わなかった。
例えば、福士則夫の曲は大学時代から今まで11曲書いてもらっています。最初の曲は《序奏と三つの唱》。これが19歳だから大学2年だ。その後《輝ける手》、《フォーマルハウト》。みんな名曲だよ。別に全く何の違和感もなく、だいたい3、4日さらったら全部吹けました。今とはもちろん曲調は違うし、ものすごく難しかった。
織田:
作曲家も先生たちも当時は若かったから、楽器の限界などを考えずに自由に書いていたんでしょうね。
小泉:
でも面白かったよ。やっぱり面白いなと思いました。嫌だと思ったことはないです。
織田:
それはすごく素敵な出会いですね。違和感なく現代音楽というか、今生きている作曲家たちの作品を実現する世界に入っていかれたんですね。
小泉:
同級生の作曲科に川井学もいました。いろんな本や、絵の本をよく貸してくれて。音楽だけじゃなく、例えばモーリアックの本とか。幅広く勉強しました。文学の勉強は川井学にしてもらいました。
たとえば福士則夫なんて天体望遠鏡を持っていて、夜中に星を見たりしていました。《フォーマルハウト》って曲はそれでこしらえた。音楽だけじゃなくて他の分野でもいろいろ多彩な趣味を持っているからね。だからいろいろ面白いですよ。
織田:
当時、先生の周りの音楽家の人たちっていうのは、いろんなことに精通していますね。
小泉:
武満さんなんかそのいい例ですよ。
織田:
あの方はおそらく1日に24時間以上の時間をお持ちだった印象です。
小泉:
1日60時間ぐらい持っていたな(笑)。
小泉:
大学院の修士試験の時は無伴奏の作品を3曲演奏しました。
べリオの《セクエンツァ》(ID:16392)、バッハ《無伴奏フルートのためのパルティータBWV1013》(ID:330)、諸井誠《パルティータ》(ID:3552)。この3曲の共通点は全て『セリー』、音列でできているということです。大学院は首席で卒業しました。
織田:
当時から今現在まで、現代音楽の作品を演奏するために何か特別な練習はされていますか。
小泉:
特別な練習はしていません。基本的にはモイーズ《ソノリテ》(ID:2371)、タファネル&ゴーベール《17のメカニズム日課大練習》(ID:2489)です。それとモイーズ《24の旋律的練習曲》(ID:2374)。《ソノリテ》と《24の旋律的練習曲》は生徒にも全員吹かせています。
自分で言うのもおかしいけど、現代音楽だから汚い音でいいわけではなく、たまにわざと出せというのもあるけども、それ以外はやっぱりいい音で吹かなきゃダメ。それが演奏家として長持ちする秘訣ですね。
織田:
例えば湯浅譲二さんの《ドメイン》(ID:12201)はすごく難しいですね。『ホイッスルトーン』や『重音』もたくさん使われています。このような難曲にも特別な準備はしませんか?
小泉:
何もしない。
織田:
《ドメイン》の初演は小泉先生ですね。
小泉:
1978年に初演しました。私が34歳の時かな。
第一生命ホールで『現代の音楽展』だと思います。曲はまだ一切できてないのに、先に作曲家が書くプログラムノートができていました。そこには〈白皙(はくせき)の小泉に火を噴くような曲を書いてやる〉と書いてあって、これは大変だと思いました。
演奏会の1ヶ月程前に3、4ページくらい作曲されていましたが、そこで止まってしまった。演奏会3日前になっても出来上がらないので、仕方がないから彼の家へ行って書いている横で吹いて、一小節できたら楽譜の続きに貼り付けて、を繰り返しながら練習しました。ここがこの曲で一番難しい部分でした。そして最後の2ページはもう火を吹くような曲で、確かに火を吹きました。その初演は本当にすごい、ものすごい名演奏だった。この本番を武満さんが聴いていて知り合うきっかけになりました。そこからスタジオの仕事を頼まれるようになりました。
織田:
武満さんにはまずスタジオの仕事で声をかけられたのですか。
小泉:
スタジオと映画です。映画はもう全盛期だったから。
武満さんと初めてスタジオで会った時に「小泉さんってものすごく上手なんですね」ってあの顔で言われたんですよね。
小泉:
もうそこから1978年以降のフルートの作品は、ほとんど私が演奏しています。映画とか劇伴も。武満さんの映画の音楽は本当に綺麗ですよ。ものすごく美しい曲だからね。
織田:
テレビドラマの『夢千代日記』も武満さんですね。
小泉:
大ヒットでした。これも私が演奏しました。
織田:
初めてスタジオで武満さんに会った時はどんな印象でしたか?
小泉:
武満さんがとても親しくしてくれて、初めのうちは難しい人かなと思ったけど、全く普通の人でした。家へ行って、酒飲んで、飯一緒に食って、麻雀やって、私が一人勝ちして、タクシー呼んで帰ったこともあります。飲み屋とかにピアノが置いてあると、武満さんがそこで弾くんだけどね。下手でね。それでも周りのみんなにお世辞みたいに「だいぶ上手になってるじゃない」なんて言われたりしてましたよ。
織田:
仕事仲間という感じですね。武満さんが生まれたのは1930年、小泉先生とは14歳違い、だいぶ離れていますね。演奏会で武満さんの作品を初演したのは、ギターの佐藤紀雄さんと共演された81年の《海へ》ですか。
小泉:
私が世界初演したのは《海へ》(ID:12202)と《海へU》(ID:6552)、『サウンド・スペース・アーク』*というグループでやった《雨の呪文》(ID:12431)。それからサティの《星たちの息子》(ID:16273)です。
*『サウンド・スペース・アーク』1972年に結成された現代音楽の演奏グループ。小泉浩(フルート)、高橋アキ(ピアノ)、山口恭範(打楽器)、篠崎史子(ハープ)、鈴木良昭(クラリネット)からなる。90年に解散するまで国内外の音楽祭で演奏を行う。
織田:
武満さんの作品で、小泉先生が大切にしていることはありますか。
小泉:
武満さんのフルート作品は16曲あって全曲吹いていますが、《エア》以外の他の15曲は全部武満さんの前で演奏しています。演奏を聴いて、ああしてくれ、こうしてくれって言われたことはほとんどありません。《エア》だけは、日本で初演したのは告別式の時だから武満さんに聴いてもらっていません。一曲だけ《巡り》を吹いた後で「sf(スフォルツァンド)が激しすぎます。つまり尺八のむら息のようにならないように」と言われたことはあります。
織田:
その演奏自体がもう武満さんの理想に近かったということですね。
小泉:
そういうことだよ。ほとんど言われたことがない。
後は《ヴォイス》(ID:9118)を演奏した時に、もともとの出版の譜面にはマイク使うように書いてありました。
織田:
それは声を拾うためですか。
小泉:
声と音とミックスするためです。
『Music Today』*の3回目の本番の時に、マイク使うのはやめましょうって。それ以来マイクは使わないということにしました。マイクを使うと声と音のバランスが悪いと感じたようです。
*『Music Today(ミュージック・トゥデイ)』1973年から1992年まで全20回にわたって催された現代音楽祭で、企画・構成・監修の全てを武満徹が行った。当時はまだ珍しかった「現代音楽」を専門に扱う定期的なシリーズとして注目を集めた。
織田:
小泉先生が今まで吹いている《ヴォイス》は全く遜色なく、声も全て聴こえます。
小泉:
《海へ》を吹いた時なんかは、演奏が終わるとホッとしたように「はぁー」って息を吐き出していましたよ。武満さんも奥さんも息を詰めて聴いていたみたいですね。
織田:
とても理想的な演奏だったんですね。先生も “水を得た魚”のように全く問題なく吹けてしまったんですね。
よく他のインタビューでもおっしゃっていますけど、やはり武満さんの作品は楽譜に印刷されているテンポよりも断然ゆっくりと演奏するのですね。
小泉:
出版されている譜面に書いてあるテンポは、はるかに速すぎます。それは指揮者の岩城宏之さんと2人で「速いよね」「速い速い」って話しました。武満さんも「作曲している時は口でタラタラタラって歌って書くから、速くなる」って言うんです。「全曲、テンポ表示は書き直さなきゃいけないな」って言っていて、亡くなってしまった。だから、出版されている譜面のテンポを信用してはいけない。
例えば《エア》は印刷している譜面に7分って書いてあります。速いですね。私の理想は9分です。
織田:
それはやはり後世に伝えなくちゃいけませんね。もう誰も直せませんからね。
小泉:
これは武満さんが「書き直さなきゃいけないんだ」と、本人が話していたことです。
武満さんが亡くなった後、武満さんの仕事部屋に入ったら、ピアノの上に書きかけの譜面が広げてあった。なんだろうと見たら、フルートとハープのコンチェルトでした。それが初めのほんの数小節で、まだフルート・ソロもハープ・ソロも出てきてない状況でした。惜しい、残念。もうあと2ヶ月命があったら完成しましたね。
織田:
私もその事はどこかで読んだことあります。これは素晴らしいコンチェルトになったでしょうね。
武満さんが亡くなった後、小泉先生はかなり落ち込みましたね。
小泉:
そうそう、当時は落ち込んだね。周りの方からも心配の声をかけられました。すごいスランプになりました。みんなに「武満さんが亡くなったからだな」って言われたよ。でもそれから立ち直ったからね。
織田:
武満さんの話は尽きることがありませんが、他の作曲家との関わりとしては、先ほどの池辺晋一郎さん、福士則夫さん。この2人の作品はほとんど小泉先生が初演されていますね。例えば、池辺先生の《夕暮れの底深く…》(ID:22629)や福士先生の《夜は紫紺色に明けて》(ID:20648)は名曲です。生まれた経緯などありますか。すべて小泉先生のソロのリサイタルの委嘱でしょうか?
小泉浩初演|池辺晋一郎作品一覧
小泉浩初演|福士則夫作品一覧
小泉:
池辺晋一郎の《夕暮れの底深く…》は水戸芸術館の委嘱で作曲された曲です。この頃、池辺は水戸芸術館の館長をしていました。私のソロ・リサイタルで初演しました。フルートとギター、打楽器の曲で名曲ですよ。福士則夫の11曲のうちに委嘱したのは2回だけです。《夜は紫紺色に明けて》は草津夏期国際音楽アカデミーの委嘱で、草津で作品発表があった。これも名曲だ。
織田:
今回インタビューをするので池辺先生と福士先生の譜面を見てきましたが、若い頃の作品はギッチギチで音が多いですね、ページ数も多くて元気いっぱいな印象です。
小泉:
そう。元気いっぱいだよ。
福士と私とはね、お互いに刺激し合って上手になっていきました。福士のおかげで私は上手くなったし、私のおかげで福士もいい曲を書くようになった、という関係があります。11曲だからね。
織田:
福士先生の作品は、音色が綺麗に出せる部分や歌えるところがとてもたくさんあって、非常にいいですよね。ひたすら技術的な部分に偏るのではなく、もちろん特殊な、変わった音色もありますが、綺麗な音をたくさん奏するところがありますね。
小泉:
今度の新曲は、とにかく歌うどころじゃないんだよ、本当に。
織田:
結構動きがありますね。
小泉:
今回の作品は貴重だよ、だって世界初ですよ、福士則夫のフルートとアルトフルートのデュオ《6月のうた》。
福士が今まで誰も書かない訳がわかったって、フルートとアルトフルートデュオはものすごく書きにくいと言っていました。
織田:
なるほど。でも一緒に頑張りましょう!ぜひたくさんの方に聴いていただきたいですね!
——————フルート現代音楽の言伝(ことづて)≪下≫へ続く
——————フルート現代音楽の言伝≪下≫へ続く
「福士則夫・武満徹2人展」
◆日時:2026年6月24日(水) 19:00開演
◆会場:ルネこだいら中ホール
◆出演:小泉 浩(Fl)/織田なおみ(Fl)/木村茉莉(Hp)/甲斐史子(Va)
◆料金:一般/4,000円 大学生/2,000円 高校生以下/1,000円
◆曲目:
<福士則夫>
・カモメは岬を巡り
・精霊の森
・6月のうた(世界初演)
<武満徹>
・マスク
・巡り
・そして、それが風であることを知った
詳細はこちらから
ニュース
関連サイト