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生誕100年特別企画
ジャン=ピエール・ランパル

Jean-Pierre Rampal x Denis Verroust

Vol.4 ポール・アルマ:異色のコラボレーション

ジャン=ピエール・ランパルとポール・アルマ(ジャック・ピコ撮影1966年)(©AJPR)

  • ジャン=ピエール・ランパルとポール・アルマ(ジャック・ピコ撮影1966年)(©AJPR)

今日、有名なハンガリー農民組曲を知らないフルート吹きはいるでしょうか。第一線のプロのフルーティストからフルート愛好家まで、世界中のあらゆる人に演奏されており、数多くのディスクが録音されている、このベラ・バルトークのピアノ曲の編曲は、1950年代初頭に結ばれた、ジャン=ピエール・ランパルとポール・アルマの友情に端を発します。

ポール・アルマ、音楽界におけるユニークな個性

ジャン=ピエール・ランパルは、クロード・アリュー訳注訳注、アンリ・マルテッリ訳注訳注、アンリ・トマジ訳注訳注、そしてもちろんアンドレ・ジョリヴェといったフランス人作曲家との親しい関係に加えて、早くから外国や外国にルーツのある作曲家たちとの様々なコラボレーションを行いました。もちろん1955年にプラハで出会ったインドゥジヒ・フェルト訳注訳注が真っ先に思い起こされますが、その前にヤン・マイエロヴィツ訳注訳注、トーマス・ド・ハルトマン訳注訳注、トーリャ・ニキプロヴェツキー訳注訳注、ルネ・レイボヴィッツ訳注訳注、そして特にポール・アルマの別名で知られるハンガリー人音楽家のイムレ・ワイスハウスの名前を挙げなければなりません。

ポール・アルマは1920年から24年までブタペストでバルトークに師事し、国際的なピアニストとして華麗にデビューしましたが、その幅広い教養のおかげで、直ちに様々な分野に活動を広げました。1930年代初頭にはドイツを拠点とし、著名なバウハウス訳注訳注で音楽活動の監督を行いましたが、反ファシストのユダヤ人活動家としてナチスから死刑宣告を受けてしまいます。そこで1933年にフランスに亡命し、ポール・アルマの名を用いるようになり、演奏家、講演者、音楽学者、出版者、そして作曲家という風に、その才能を様々な面で開花させます。ラジオ放送のおかげで彼は無数の仕事の機会を得て、フランス音楽に対する彼の影響が古楽、民俗音楽、現代音楽の分野で非常に顕著になりました。彼は1958年にフランスに帰化します。

実を結ぶことになる出会い

アルマとランパルが出会ったのは正確には1951年の4月、フランス国営放送の室内楽の番組で《トランシルヴァニアの12のルーマニア舞曲》を演奏するためでした。この曲は1940年に作曲され、ピエール・ポーボン訳注訳注のピアノにより初演されました。ポーボンはアルマの友人で、音楽を大衆に広めること、中でもリコーダーに対する興味を共有していました。ランパルが演奏した、このアルマの最初の作品は、ランパルにとって非常に重要に思われます。というのも、《ダンス組曲》のタイトルで編曲された弦楽オーケストラ伴奏版で、ランパルはパリで3回、ザールブリュッケンで1回録音を行うことになったからです。

1951年に作曲された《フルートとピアノのためのディヴェルティメント 第1番 Op.149》を、ランパルが翌年1月に初演しました。この数週間後に作曲家と出会い、これにより彼らのコラボレーションは緊密なものとなっていきます。さらに、この作品は超絶技巧のレパートリーの一つとして認識されるようになります。いくつかの演奏会に加えて、ランパルはこの曲を1966年に東京文化会館で井上二葉と演奏し、レコードやラジオに何度も録音したことは、彼のお気に入りの曲だったことの証であり、1959年には弦楽オーケストラ伴奏版の初演も行いました。この作品は19曲からなるディヴェルティメントの連作の第1曲目となり、ランパルはラジオ放送でフルート、チェロ、ピアノのための第2番をロベール・コルディエと作曲者自身のピアノで1954年に初演しました。また、1960年にはフルート独奏のための第3番を初演します。さらにフルートと弦楽のための《2つの透明 Op.203》(1966)の初演も打診されますが、それは当時フランス放送室内管弦楽団のソリストであったアラン・マリオンに譲ります。この曲は1968年にビヨドー社から「フルートのための現代作品」のシリーズの一曲として出版されました。

《ディヴェルティメント 第1番》から《ハンガリー農民組曲》まで

アルマの目には、ランパルは表現力豊かな演奏家として映ります。
「あらゆる音楽家や音楽愛好家のように、私はランパルの素晴らしい芸術、魅力的な演奏、並外れたテクニックを高く評価しますが、練習の間、次いでスタジオにおいてこの若いフルーティストをつぶさに観察することとなりました。彼は既に批評家からも認められていて、ややもすると成功でうぬぼれてしまいがちですが、素朴で自然体で、しばしば陽気でした。そして彼が私の《ディヴェルティメント》を好きだと言ってくれた時、本心からそう言っているのだと分かりました。さらに、最初の練習の時から、彼は私の意図や音楽語法を理解していることも分かりました。我々の間には、職業上の共犯関係のようなものだけでなく、時間や距離の隔たり、生活習慣の違いが影を落とすことが決してない人間的で温かい関係がすぐに芽生えました。この結びつき、相互理解、友情は本質的で、音楽的で、精神的な特性に由来するのですが、我々はお互いにそこに惹かれました。我々は話し合い、一緒に演奏をすることで常に親睦を深めています。」(1986年、エドメ&ポール・アルマ著、未刊の自筆自伝より)

しかし、《ダンス組曲》や《ディヴェルティメント 第1番》が並大抵ではない成功を収めたとはいえ、どの作品よりも後世にまでアルマの名を伝えるのに貢献したのは、《ハンガリー農民組曲》でしょう。バルトークに関してランパルとアルマが会話をする中で生まれたのですが、ピアノのための《15のハンガリーの農民の歌》を編曲しようというアイデアが、1952年1月末に形になりました。15曲の内14曲が編曲され、〈バラード〉だけが省略されます。結果は素晴らしく、演奏会用に理想的な仕上がりでした。初演は1952年2月19日にソルボンヌ大学で、いつものようにアルマのピアノで行われました。あまりに成功したので、この作品はフルートのための新たな傑作という地位を獲得し、1958年からロベール・ヴェイロン=ラクロワとのリサイタルに何度か取り上げられました。1961年からはさらに頻繁に演奏されるようになり、200以上の演奏会で取り上げられます。そして、室内楽協会からアメリカの大学に至るまで、世界中のあらゆる大きなホールでこの作品は人気を博し、その評判が揺らぐことは決してありませんでした。1967年にエラート・レーベルのために行われた比類のない録音は、今日においても匹敵するものはありません。この録音は、1969年のアムステルダムのエジソン大賞を受賞し、《ハンガリー農民組曲》を誰もが認める普遍的な作品へと押し上げました。弦楽オーケストラ伴奏版は1960年に作られ、1969年に初演されることとなります。

ジャン=ピエール・ランパルとロベール・ヴェイロン=ラクロワとのリサイタルのプログラム(1975年5月、サラ・ベルナール劇場(現パリ市立劇場))(©AJPR)

ジャン=ピエール・ランパルとポール・アルマ(ジャック・ピコ撮影1966年)(©AJPR)

  • ジャン=ピエール・ランパルとロベール・ヴェイロン=ラクロワとのリサイタルのプログラム(1975年5月、サラ・ベルナール劇場(現パリ市立劇場))(©AJPR)

  • ジャン=ピエール・ランパルとポール・アルマ(ジャック・ピコ撮影1966年)(©AJPR)

1980年、ランパルは友人アルマのために彼の《無伴奏フルートのためのソナチネ》を録音しました。これはアルマの初めてのフルートのための作品で、1930年に作曲されたものでした――。しかしその出版に先立ち、1960年に作曲者はお気に入りの演奏家ランパルに曲を献呈することを強く望んだのです。
このように、ランパルは音楽の発展のためにも大きな貢献をしました。

関連フルート作品と録音データ

  • 《トランシルヴァニアの12のルーマニア舞曲》フルートとピアノのための Op.73

    <作曲>
    1940年10月21日~11月20日 パリにて

    <初演>
    (抜粋演奏)1948年4月3日、パリのサル・ガヴォーにて、ピアノ:ピエール・ポーボン
    (全曲演奏)1949年4月9日、ハンガリー館にて、ピアノ:ポール・アルマ

    <演奏時間>
    約20分

    <出版>
    アンリ・ルモワンヌ、パリ(HL 23903 © 1959)

    <放送・録音①>
    ジャン=ピエール・ランパル、ポール・アルマ
    フランス国営放送:1951年4月21日放送

    <放送・録音②>
    ジャン=ピエール・ランパル、ポール・アルマ
    フランス国営放送:1960年5月6日録音、1961年1月10日放送

  • Op.73の編曲作品

    《ダンス組曲》フルートと弦楽オーケストラ版 Op.74

    <作曲>
    1948年

    <初演>
    1948年10月、ブダペストのバルトーク・フェスティバルにて、演奏者不明

    <演奏時間>
    約20分

    <出版>
    アンリ・ルモワンヌ、パリ(HL 24144 © 1964)

    <放送・録音①>
    ジャン=ピエール・ランパル、パリ放送管弦楽団、指揮:ウジェーヌ・ビゴー訳注訳注
    フランス国営放送:1953年1月4日放送

    <放送・録音②>
    ジャン=ピエール・ランパル、ザール室内管弦楽団、指揮:カール・リステンパルト訳注訳注
    ザール放送:1958年7月10日放送

    「比類のないジャン=ピエール・ランパルのおかげで、ポール・アルマの世界を発見するという喜びを得た。」
    (カール・リステンパルト、1965年、ポール・アルマ制作の番組『人々の歌とリズム』放送100回記念に際して)(©AJPR)

    (関連商品)商品ID:5233「リステンパルト時代 VOL.1(3枚組)」

    「比類のないジャン=ピエール・ランパルのおかげで、ポール・アルマの世界を発見するという喜びを得た。」
    (カール・リステンパルト、1965年、ポール・アルマ制作の番組『人々の歌とリズム』放送100回記念に際して)(©AJPR)

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    <放送・録音③>
    ジャン=ピエール・ランパル、フランス放送室内管弦楽団、指揮:アンドレ・ジラール訳注訳注
    フランス国営放送:1960年4月12日録音、1964年8月2日放送

    <放送・録音④>
    ジャン=ピエール・ランパル、フランス放送管弦楽団、指揮:ダニエル・シャブルン訳注訳注
    フランス国営放送:1960年6月11日録音、1960年6月26日放送

  • 《ディヴェルティメント 第1番》フルート、またはヴァイオリンとピアノのための Op.149

    <作曲>
    1951年3月8~19日 イッシー=レ=ムリノーにて

    <初演>
    1952年1月13日放送、パリのフランス国営放送会館、国営放送にて、ジャン=ピエール・ランパル、ピアノ:ポール・アルマ

    <演奏時間>
    約15分

    <出版>
    トランザトランティック、パリ(ETR000773 © 1964)

    《ディヴェルティメント 第1番》
    出版譜のためのワシリー・カンディンスキー訳注訳注の表紙画(©AJPR)

    《ディヴェルティメント 第1番》出版譜のためのワシリー・カンディンスキー訳注訳注の表紙画(©AJPR)

    <放送・録音①>
    ジャン=ピエール・ランパル、ポール・アルマ
    フランス国営放送:1953年1月3日放送

    <放送・録音②>
    ジャン=ピエール・ランパル、ポール・アルマ
    フランス国営放送:1966年4月7日録音、1966年4月30日放送

  • Op.149の編曲作品

    《ディヴェルティメント・ド・コンセール 第1番》フルート、弦楽オーケストラ、ピアノのための Op.168

    <作曲>
    1958年7月21~26日、ロネーにて

    <初演>
    1960年2月21日、パリのサル・ガヴォーにて、コンセール・ウーブラドゥ、ジャン=ピエール・ランパル、コンセール・ウーブラドゥ管弦楽団、指揮:フェルナン・ウーブラドゥ訳注訳注

    <演奏時間>
    約15分

    <出版>
    トランザトランティック、パリ(ETR000773 © 1969)

    <放送・録音①>
    ジャン=ピエール・ランパル、ザール室内管弦楽団、カール・リステンパルト
    ザール放送:1959年9月18日放送
    (関連商品)商品ID:5233「リステンパルト時代 VOL.1(3枚組)」

    <放送・録音②>
    ジャン=ピエール・ランパル、フランス国営放送ニース=コート・ダジュール室内管弦楽団、指揮:ポル・ミュール訳注訳注
    ニース=コート・ダジュール放送:1967年放送

    <放送・録音③>
    ジャン=ピエール・ランパル、フランス国営放送管弦楽団、指揮:アンドレ・ジラール
    (カップリング:アントワーヌ・ティスネ訳注訳注作曲、フルートと弦楽オーケストラのための《協奏曲》)
    レーベル:エラート、LP 30cm/33t/Gu, STU 70480 (P 1969) 「エラート/フランス国営放送」シリーズ
    パリ、フランス国営放送会館、第6スタジオ:1969年6月17日録音

    ポール・アルマの協奏作品に光が当てられた
    最初の重要なレコード、1971年1月発売(©AJPR)

    ポール・アルマの協奏作品に光が当てられた最初の重要なレコード、1971年1月発売(©AJPR)

  • 《ディヴェルティメント 第2番》フルート、またはヴァイオリン、チェロとピアノのための Op.151

    <作曲>
    1951年9月8~26日、ビュール/ゴメッツ・ル・シャテル(ヴェルデュロン)にて

    <初演>
    1954年6月8日、パリの国営放送会館にて、ジャン=ピエール・ランパル、チェロ:ロベール・コルディエ、ピアノ:ポール・アルマ

    <演奏時間>
    約17分

    <出版>
    トランザトランティック、パリ(ETR1009 © 1967)(ベルナール・ガレ訳注訳注によりフルート、チェロ、ハープ版に編曲)

    <放送・録音>
    -

  • 《ディヴェルティメント 第3番》フルート、またはヴァイオリン独奏のための Op.155

    <作曲>
    1952年9月、ビュール/ゴメッツ・ル・シャテル(ヴェルデュロン)にて

    <初演>
    1960年6月、パリのフランス国営ラジオ第4放送にて、ジャン=ピエール・ランパル

    <演奏時間>
    約14分

    <出版>
    ビヨドー、パリ、フルートのための新作シリーズ「ジャン=ピエール・ランパル」(MR1160B © 1968)

    <放送・録音>
    初演時の録音、1960年8月21日放送

  • 《ソナチネ》フルート独奏のための Op.13

    <作曲>
    1930年8月17~19日、モントゼー(墺)にて

    <初演>
    1931年4月8日、ベルリンの11月集団の第21回音楽の夕べにて、ニコロ・ドラバー

    <演奏時間>
    約4分

    <出版>
    アンリ・ルモワンヌ、パリ(24209 HL © 1967)献呈:「友人ジャン=ピエール・ランパルに」(出版時に献呈される)

    <放送・録音①>
    ジャン=ピエール・ランパル
    フランス国営放送:1977年1月10日放送

    <放送・録音②>
    ジャン=ピエール・ランパル
    レーベル:ガスパロ(米)、LP 30cm/33t/GU, GS 214 (P1981) 
    ジュイ=アン=ジョザスのロジェ=ロジェ・スタジオ:1980年1月2日録音

  • 《ハンガリー農民組曲》フルートとピアノのための Op.153

    <作曲>
    1952年1月23~28日、イッシー=レ=ムリノーにて

    <初演>
    1952年2月19日、パリ、ソルボンヌ大学の科学館にて、ジャン=ピエール・ランパル、ピアノ:ポール・アルマ

    <演奏時間>
    約13分30秒

    <出版>
    ブージー&ホークス/ユニヴァーサル、ニューヨーク=ロンドン( © 1956)、次いでユニヴァーサル・フルート・シリーズ(U.E. 18666 © 1987)

    <放送・録音①>
    ジャン=ピエール・ランパル、ポール・アルマ
    フランス国営放送:1953年1月3日録音、録音未発見

    <放送・録音②>
    ジャン=ピエール・ランパル、ポール・アルマ
    フランス国営放送:1958年6月24日録音、1958年9月15日放送

    <放送・録音③>
    ジャン=ピエール・ランパル、ポール・アルマ
    フランス国営放送:1960年5月6日録音、1960年9月3日放送

    <放送・録音④>
    ジャン=ピエール・ランパル、ロベール・ヴェイロン=ラクロワ
    (カップリング:ドビュッシー、プーランク、プロコフィエフ)
    レーベル:エラート、LP 30cm/33t/Gu, STU 70515 (P 1967)
    パリのノートルダム=デュ=リバン教会:1967年4月17日録音

    ジャン=ピエール・ランパルのレコードの中でも最も美しいプログラムの一つ(©AJPR)

    (関連商品)商品ID:7050「エラート録音全集 VOL.2 (1963-1969) (20枚組)」

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  • Op.153の編曲作品

    《ハンガリー農民組曲》フルートと弦楽オーケストラ版 Op.197

    <作曲>
    1964年11月、イッシー=レ=ムリノーにて

    <初演>
    1969年5月5日、カステルノーダリにて、ジャン=ピエール・ランパル、トゥールーズ室内管弦楽団、指揮:ルイ・オーリアコンブ訳注訳注

    <演奏時間>
    約13分30秒

    <出版>
    ユニヴァーサル、ロンドン(UE 14333 L © 1966)

    <放送・録音>
    -



<執筆者プロフィール>
DENIS VERROUST
ドニ・ヴェルスト(ジャン=ピエール・ランパル協会 会長)

1958年生まれ。ピエール・ポーボン、イダ・リベラ、レジス・カル、フランシス・ギャバンにフルートを師事、ブール=ラ=レーヌ公立音楽院、サン=モール=デ=フォセ地方音楽院卒業。1980年よりフルート講師としての活動を始め、パレゾー音楽院講師を務める。教育、演奏活動、音楽学研究に従事。世界各地のフルートの国際イベントに招かれ、ジャン=ピエール・ランパル、クラウディ・アリマニー、フィリップ・ベルノルド等とソリストとして共演、録音を行う。ビヨドー、ストラヴァガンツァ等の出版社の企画に参画し、フルートやその演奏家、そのレパートリーについての多くの記事を寄稿。1991年には『ジャン=ピエール・ランパル-録音の半世紀』を出版。フランス国立放送のラジオ番組の構成にも長年携わる。
1991年より2000年まで「トラヴェルシエール・マガジン」の編集長を務め、ラ・トラヴェルシエール協会(仏フルート協会)の会長を2004年までの15年間務める。その間、1996、2000、2008年のフランス・フルート・コンヴェンションを組織する。
現在は2005年創設のジャン=ピエール・ランパル協会会長を務め、CDレーベル(プルミエ・ホリゾン)を主宰し、ランパル生誕100年の2022年秋にはランパルの伝記『普遍的なフルート』を出版予定。ユニヴァーサル、ワーナー等多くのレーベルにおいてランパルの録音の再編集に参画し、「ランパル:現代のヴィルトゥオーゾの始祖」と題して、多くのフルート・フェスティバルや音楽学校(大学)で講演を行う。
その他にもフルート界におけるレジェンド、特にマクサンス・ラリュー、オーレル・ニコレ、アラン・マリオン、ロジェ・ブルダン、ペーター=ルーカス・グラーフについての記事をフルート雑誌に寄稿し、録音の再編集に携わる。2016年より、上記各氏についての講演活動も行う。

※プロフィールは、掲載時のものとなります。


<ジャン=ピエール・ランパル協会 公式サイト>
https://www.jprampal.com/

<フランス・フルート協会主催 第6回 国際フルート・コンヴェンション 公式サイト>
https://latraversiere.fr/evenements/6eme-convention-internationale-de-la-flute/

「生誕100周年 ランパルへのオマージュ」
2022年10月26日(水)~30日(日)
ダリウス・ミヨー音楽院(エクサンプロヴァンス)

<ランパル協会 販売CD>
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※動画サービスやストリーミング配信では聴けない貴重な音源が含まれます。

Vol.5(準備中)